【2016年5月15日】バスケbjリーグ11年の歴史に幕「バスケ界は終わらない」

 2016年5月15日、バスケットボール男子bjリーグのプレーオフ決勝が東京・有明コロシアムで行われ、琉球が富山を86―74で下し、単独最多4度目の優勝を果たした。2005年に地域密着を掲げて6チームでスタートし、24チームにまで拡大したプロリーグに創設から尽力した河内敏光コミッショナーは「きょうでbjは終わるが、バスケ界は終わらない」と呼び掛けた。「Bリーグ」が開幕する約4か月前のことだった。

 2004年8月9日、日本リーグ1部を前身とするスーパーリーグ所属の新潟アルビレックスで会長を務めていた河内氏が、プロリーグ設立構想を掲げて日本リーグ機構からの脱退を表明した。共に脱退したさいたまブロンコスに、仙台89ers、東京アパッチ、大阪ディノニクス、大分ヒートデビルズを加えた6チームで2005年11月5日に開幕を迎えた。合同トライアウト、六本木のクラブ「ヴェルファーレ」でのドラフト、東京の監督はNBAのスーパースター、コービー・ブライアントの父ジョーが務めるなど話題を振りまいた。

 一方で脱退を巡り日本協会と確執に近い騒動が持ち上がった。日本代表クラスの選手が揃うアマチュアのスーパーリーグと、プロのbjリーグが並立する異例の状態になった。2008年から統合に向けた動きが始まり、13年9月にプロ7、企業5の混成でナショナルリーグ(NBL)がスタート。しかしbj勢は千葉ジェッツなど一部の合流にとどまり、1つにまとまることはできなかった。

 2リーグ併存を問題視してきた国際連盟(FIBA)は14年11月26日、ついに国際試合出場停止の制裁を発動した。15年1月に川淵三郎氏をチェアマンとするタスクフォース(特別チーム)が結成され、日本協会の改革を断行。3か月で新たなプロリーグ「Bリーグ」運営組織の設立までこぎつけ制裁解除が認められた。bjリーグの終わりは日本バスケ界の新たな始まりだった。

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