【2010年5月10日】「外れるのはカズ、三浦カズ」 岡田監督の唯一の後悔は発表方法だった

南アフリカW杯の日本代表メンバー発表で質問に答える日本代表・岡田武史監督
南アフリカW杯の日本代表メンバー発表で質問に答える日本代表・岡田武史監督
サッカー南アW杯のメンバー23人を発表し、選考の経緯を語る日本代表・岡田武史監督
サッカー南アW杯のメンバー23人を発表し、選考の経緯を語る日本代表・岡田武史監督

 2010年5月10日に、サッカー日本代表の岡田武史監督は、南アフリカW杯の登録メンバー23人を発表した。

 岡田監督にとってW杯メンバー発表は2度目だった。1度目は、日本サッカー史に残る「ニヨンの衝撃」。日本が初出場した1998年フランスW杯の直前の6月2日、当時41歳だった岡田監督は「外れるのは、市川、カズ、三浦カズ、それから、北沢。3選手です」と青ざめた表情で発表した。スイス・ニヨンで行われた直前合宿には25選手が参加。当時のW杯登録メンバーは22人。三浦知良、北沢豪(ともに当時V川崎)、市川大祐(当時清水)の3人がメンバーから外れた。「キング・カズ」と呼ばれる男の落選は、瞬く間に日本中で論争を巻き起こし、その論争は今でも続く。

 選ばれた選手と選ばれなかった選手。双方のために、岡田監督は、メンバーの人選については一切の後悔を明かすことはないが、発表方法については後悔があると聞いた。

 「外れる3人を読み上げるのはではなく、代表メンバー22人をひとりずつ発表すべきだった」

 フランスW杯が終わった後、岡田監督は日本サッカー協会の関係者にぽつりと漏らしたという。

 1998年の発表の時も、2010年の発表の時も、私は現場にいた。

 ちょうど10年前の今日。岡田監督は東京都内のホテルで南アフリカW杯に挑む23人の名前を読み上げていった。

 私は、W杯代表選手の名前をノートに走り書きしながら、「外れるのは〇〇」で、若き日の岡田監督が後悔するというイレギュラーな発表方法は、1998年フランスW杯が最初で最後となるだろう、と頭の片隅で考えていた。(竹内 達朗)

南アフリカW杯の日本代表メンバー発表で質問に答える日本代表・岡田武史監督
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