【五輪の深層】社会で支えあっての競技生活…ソウルから支え続け32年の組織委参与・上治丈太郎氏

 依然として、新型コロナウイルスの感染の勢いが世界中で収まる気配がないままに、東京五輪が1年延期となって約1か月が過ぎた。

 今年の7月24日の開会式や競技日程に合わせ、全ての労力と時間を注ぎ、照準を合わせてきたアスリートには、喪失感や疲弊した気持ちもあったことと思う。インタビューなどでもやっと、もっと強くなれる時間をいただいた、といったポジティブなコメントが聞こえてくるようになった。

 彼らはプレーでお返しができない分、人々にSNSを通じ、励ましや「STAY HOME」のメッセージを送っている。家の中でどう楽しく体を動かすか、海外でプレーする選手同士でリレー形式で動画を作成したり、プロ野球選手は独自にコロナ基金をたちあげるなど、スポーツの力を信じて素晴らしい理念を行動に移している。特に感受性の強い子供や若者たちにも、よい影響を与えているのではないか。選手もまた、競技生活が社会全体に支えられていることに、感謝の意を強くしていると確信する。

 ちなみに、選手が競技に集中し、特に五輪に出場するための環境づくりは、1972年札幌冬季五輪のオーストリアのスキー選手の資格問題がきっかけとなった。

 当時IOC憲章はアマチュア規定で、プロ選手の出場を認めていなかった。札幌で金メダル確実といわれたアルペンのオーストリア代表、カール・シュランツ選手はスキーシーズンはメーカーの主催するスキー教室で生計を立てていた。ミスターアマチュアといわれていた、当時IOC会長のアベリー・ブランデージ氏は、その行為はプロ選手そのものであると主張し、憲章違反で失格と判定したのだ。

 オーストリア選手団が引き揚げる騒動に発展したが、シュランツは自ら失格を受け入れ、同胞たちには大会に残るように促した。この事件は、アマチュア精神に凝り固まっていたIOCを変容させた。

 私も、海外の選手から日本選手の多くが会社から給料をもらいながら、就業時間外や休日に練習、試合に出場するのは形式的にはプロと違うのか、と疑問をよく投げかけられ、困ったことが度々あった。国内でも「スポーツでお金を稼ぐとは…」と言われた時代があった。今やプロもアマもなく全てのアスリートが五輪に出場できるが、過去にさまざまな選手の犠牲があったことを忘れてはいけない。

 さて、五輪延期の翌日から、組織委は森喜朗会長の強固なリーダーシップのもとで再スタートし、来年7月23日の開幕へ動き出した。テレワーク態勢では途方もなく厳しい業務である。会長が病気と闘い、治療を続けながら陣頭指揮を執る姿に、組織委をはじめ大会を運営する全ての人々がモチベーションを上げ、励んでいる。

 今はまだ先は見えないが、コロナの治療中の方、なによりも現場で昼夜問わずに懸命に闘っている医療従事者の方々には心からの感謝を送り、一刻も早い事態の収束を祈りたい。

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