【中日】京田陽太、憧れた選手は松井秀喜さん「握手した手がすごく大きかった」

07年4月4日、ヤンキースタジアムの試合が雨で中止となったが、松井秀喜にサインをもらって笑顔を見せる京田
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石川県能美市の詳細地図
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 5日は例年なら全国の球場に少年少女の野球ファンが詰めかける「こどもの日」。スポーツ報知は12球団の主力選手に「子どものころ憧れた選手」についてアンケートを行った。中日・京田陽太内野手(26)は、巨人、ヤンキースなどで通算507本塁打を放った同郷の松井秀喜氏(45)と中学入学直前に初対面。メジャーで活躍する姿に圧倒された思い出が、プロを目指す出発点になった。

 京田には幼少期に強い憧れを抱いた存在がいた。「野球を始めたばかりの頃は、巨人にいた松井秀喜さんに憧れていました。やっぱり地元のヒーローですから」。国民栄誉賞も受賞した日本を代表するスラッガー。テレビ越しに見た松井氏の特大アーチは、今も鮮明に覚えている。

 それもそのはず。自身が生まれ育った石川・寺井町は松井氏の故郷・根上町に隣接。2005年に合併して能美市となった。松井氏は物心ついた時から身近に感じる存在だったが、京田が中学に入学する直前の07年4月、その思いは決定的なものになった。市の主催で松井氏の応援ツアーが開催され、地元の野球少年100人の中から陽太少年ら3人が当選。米国行きの機会に恵まれ、新設される前の旧ヤンキー・スタジアムを訪れた。

 現地では松井氏と初対面。「うれしかったですね。握手した手がすごく大きかった。(球場は)独特の雰囲気で圧倒されました。本場の野球は迫力がありましたね」。緊張のあまりどんな会話をしたかも覚えていないが、この出会いでプロを意識し、高校は青森へ野球留学した。プロへの道のりは必ずしも平たんではなかったが、努力を惜しまず、中日では新人王を獲得して1年目から遊撃のレギュラーをつかんだ。

 今季は球団史上最年少で選手会長に就任。ホームの試合前にはエスコートキッズに片膝をついてサイン球を手渡すなど、子どものファンを誰よりも大切にする。「小さい時はけがしないように野球を楽しむことが一番。強制的に練習をやらされても上手にならない。『あいつより絶対にうまくなりたい』と思ったら、自然と必死に練習します」。新型コロナウイルスの感染拡大で球音が消えたプロ野球。開幕の日が来れば、今度は京田が子どもたちの心を引きつける番だ。(長尾 隆広)

 ◆京田 陽太(きょうだ・ようた)1994年4月20日、石川県生まれ。26歳。寺井小2年時に野球を始め、寺井中では白山能美ボーイズに所属。青森山田高(甲子園出場なし)を経て日大に進み、4年時に日米大学野球に出場する。16年ドラフト2位で中日入り。プロ1年目の17年、球団新人記録の149安打で新人王を獲得した。184センチ、83キロ。右投左打。年俸6400万。既婚。

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