新庄剛志氏がメジャー2年目の戦力外秘話を明かす「福岡に帰って、親父の造園業を継ごうかな」

ジャイアンツ時代の新庄剛志氏
ジャイアンツ時代の新庄剛志氏

 阪神、日本ハムなどで活躍し、昨年11月にプロ野球復帰宣言をした新庄剛志氏(48)が29日、自身のインスタグラムでインスタライブを発信。メジャー移籍後2年目で、SFジャイアンツでプレーした2002年のシーズンオフ、戦力外通告を受けた際の秘話を明かした。

 戦力外を言い渡されたのは日本人選手として初めて出場したワールドシリーズを戦い終えた2日後だったという。

 「『来年はさらに期待しているからな』と言われると思って球団事務所に行って、笑顔でイスに座った。そうしたらすぐに『もう君は来年からいりません』って。『え? 解雇? クビ?』。通訳は固まっていました。これがメジャーという世界のシステムなので、仕方ないです。メジャーに行く前には『3年間は何としてでもやる』と決めていったから。頭の中は真っ白よ」

 1週間後、日本の1球団からオファーがあったが、「3年はMLBで」という意志を貫き、断ってメジャー球団からのオファーを待つことにした。

 「でも1か月たっても2か月たっても来ない。え、無職? どうしよう。福岡に帰って、親父の造園業を継ごうかなと思って」

 その後、メジャー1年目の01年にプレーしたメッツから「マイナーリーグでプレーしてくれ」とのオファーがあった。連絡してきたのはかつて、SFジャイアンツへとトレードに出したGMだったという。

 「年俸は6000万円かな。でもお金じゃない。もう一度ニューヨークに住める。で、契約を結びました」。だがメッツの指揮官は、新庄をよく知るボビー・バレンタイン氏が退任しており、新庄はオープン戦で必死のアピールを求められることになった。すると、打率4割2分6厘と打ちまくった。

 「俺、結果を残したのよ。でも開幕したらずっとベンチ」。たまにスタメンで結果を残しても、翌日はまたベンチスタートという逆境が続いた。

 「日本のマスコミの方たちがハウ監督に『なぜ新庄は結果を残しているのに使わないんだ?』と聞いたら、『このチームは新庄で回っているんじゃないんだよ』って…」

 6月下旬にはマイナー落ち。しかし、そこでの経験が「野球人・新庄剛志」をさらにたくましく成長させることになる。

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