“見えない敵に強い尚志サッカー”11年震災シーズンにも全国4強、仲村浩二監督の思い

来季のJ2山形加入が内定した尚志FW阿部要門(中)の会見に出席した仲村監督(左)、右は山形・高山強化部長(3月16日撮影)
来季のJ2山形加入が内定した尚志FW阿部要門(中)の会見に出席した仲村監督(左)、右は山形・高山強化部長(3月16日撮影)

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で厳しい状況が続くなか、指導者の思いを伝える「みちのくスポーツ 指導者に聞く」。福島・尚志高サッカー部を率いる仲村浩二監督(47)は、全国高校サッカー選手権で2011年度、18年度大会と2度の4強に導いた名将。同校が休校となる18日より前に、現状への思いなどを聞いた。(取材・構成=高橋 宏磁)

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う「緊急事態宣言」が17日に全都道府県に拡大されたことを受け、尚志高は18日から休校に。現在は全ての部活動を休止中だ。県外出身の寮生は各自の自宅に戻った際の感染を防ぐため、同校に隣接する寮内で“自宅待機”を続けている。ただ寮生の精神面の負担も考慮して、検温をして平熱だった生徒は、2時間以内という制限を課した上で自主練習を行っている。

 「生徒たちには手洗い、うがいの徹底や毎日の検温など、決められたことをしっかりやろうと話しています。東日本大震災の時は、様々な規制があってサッカーが満足にできなかった。サッカーができるのは本当に幸せなことです。生徒たちにも『サッカーができるのは当たり前ではないんだ』ということを伝えています」

 尚志高では例年、全国高校サッカー選手権終了後に新チームが発足し、遅くとも1月下旬までには新主将を任命している。ただ今年は4月の第1週までは主将を決めなかった。1月下旬から4月上旬まで、週ごとに違う選手が「主将役」を務めた。部員それぞれの自立と成長を促す狙いがあるという。

 「毎朝の学校内の掃除などはずっとやってきましたが、今年の新3年生は、色んなことに積極的に取り組んできました。新年度に切り替わる際の学校内の準備とかも積極的にやってきた。仮に試合に出られなかったとしても、人間的には成長できると思う。もちろん無観客でもいいので、なんとか試合を開催して欲しいという思いはあります。こどもたちの夢や希望は奪わないで欲しい。ただ『命には代えられない』と言われたら、何も言えませんけどね」

 約9年前は、サッカーどころではなかった。2011年3月11日、東日本大震災が発生した。事故が起きた福島第1原発から、同校のある郡山市内までは約60キロしかない。“見えざる敵”は脅威だった。放射性物質の影響を不安視する保護者もいた。震災から4日後。仲村監督は学校側を説得し自らバスを運転して千葉や埼玉などに出向き、県外出身の部員を親元に帰した。胸中は複雑だった

 「状況が状況でしたからね。もう(県外の生徒とは)会えないかもしれないなあ、とは思っていましたね。転校するだろうなあ、と思っていました」

 部活動が再開されたのは3月下旬。当初は、県外などでの練習が続いた。その後、校内での練習が再開されても、苦心の日々は続いた。練習前には必ず放射線量測定器を使い、グラウンドの数値を測定。また、雨が降った時は屋外での練習を中止にした。夏までは屋外での練習時間を約2時間に制限。屋外での練習後は必ずシャワーを浴びさせ、うがいや手洗いも徹底させた。定期的に、全部員の体内の放射線量を計測したりもした。

 「大変な状況の中でも、当時の3年生22人全員が(部活動再開時には)戻ってきてくれた。とにかく与えられた条件の中で、より濃い練習をやろうと思っていました。規制がある中でも精いっぱいやることで、集中力が養われていきますから。生徒たちには『福島県に勇気と元気を届けよう』と伝えていました。生徒たちは『俺たちがやるんだ』と全員が一生懸命にやっていました」

 様々な困難を乗り越え、11年度の第90回全国高校サッカー選手権では福島県勢として初の4強入りを果たした。大会後はもちろん、大会中にも多くの人から祝福や感謝の言葉をもらったという。

 「ガンで闘病中の方や、震災で仕事を失った方など多くの方から『希望をもらった』などと、声をかけてもらいました。実はその年の試合前には、生徒たちに津波の映像を見せていたりしました。僕らも、くじけそうになった時はありましたけど『誰かのために』という思いがあったから頑張れました」

 同高のグラウンドの外の防球ネットには「全国制覇」と書かれた横断幕が掲げられている。11、18年度の全国サッカー選手権ではともにベスト4。その夢に、あと一歩まで迫っている。

 「11年度に選手権でベスト4に入ってから、夢ではなくなった。現実に近いものになった。高校で頂点に立っているのは青森山田。青森山田には負けたくないという思いはあります。向こうがライバルと思っているかどうかは分からないけど。東北には、青森山田に食ってかかるチームが必要かな、と思っています」

 ◆仲村 浩二(なかむら・こうじ)1972年6月30日、千葉県生まれ。47歳。習志野高では主にMFとして活躍後、順大に進学。同学年だった元日本代表MF名波浩とともに、1992年バルセロナ五輪のアジア予選で日本代表に選出された。卒業後は福島FC(JFL)でプレー後、96年に現役を引退。尚志高でサッカー部が創部された97年から指揮を執る。2006年度の全国高校サッカー選手権に初出場。同大会では11、18年度の4強が最高成績。主なOBは11年度の4強入りに貢献したFW山岸祐也(現J2山形)や、昨年度卒業したFW染野唯月(現J1鹿島)ら。

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