新型コロナウイルス感染から梨田昌孝さんが回復 近鉄最後の“ドライチ”の思いは…

2003年、当時の監督・梨田氏(左)とともに入団会見に臨んだ香月氏
2003年、当時の監督・梨田氏(左)とともに入団会見に臨んだ香月氏

 新型コロナウイルスの感染はプロ野球界にも広がった。僕自身も外出自粛などできることを徹底している中で、野球評論家の梨田昌孝さん(66)が回復へ向けて歩み出したというニュースがあった。近鉄、日本ハム、楽天で監督を歴任。新型コロナで苦しむ多くの患者に勇気を与えるだけでなく、球界関係者もひと安心させたはずだ。

 「梨田さん、本当によかったですね。毎日ニュースを見てましたし、ずっと心配だったので」と喜んだのは、たくさんいる教え子のひとり。オリックス、巨人でリリーフとして活躍した香月良太さん(37)だ。福岡・柳川高から社会人の東芝を経て、03年に球団史上初となる自由獲得枠で近鉄に入団。当時の監督が梨田さんだった。

 入団前から抱えていた右肩痛により、プロ1年目の1軍登板は1試合。シーズン中はオリックスとの球団合併にも揺れた。「ルーキーでしたけど、監督の力になれなかったのは事実。悔しさもあったし、もどかしかったですね…」。当時の近鉄はブルペンが手薄で「抑えもいないし、期待は大」と守護神候補にまで指名してくれたのが梨田監督。ところが04年を最後に近鉄球団は消滅し、たった1年しか指導を受けることができなかった。「何もできなかったのが心残りです」と振り返る。

 故障が癒えた翌05年に能力は花開き、シュートを武器に通算371試合に登板。相手チームの選手として敵将へあいさつへ行くと「頑張れよ」といつも優しく声をかけてくれた。16年にユニホームを脱いだ香月さんは、飲食店やお酒などの商品を企画、PRする会社「ネットワークファッション」に在籍。責任者を務めていた都内の飲食店は昨年10月で閉店してしまったが「ずっと自宅にいますけど、次に向けて頑張ってますよ」と近況報告してくれた。

 「元気な姿で球場に戻って来てもらって、解説を聞かせてほしいですね」。近鉄最後の“ドラフト1位”にとっても、梨田さんは特別な存在。ひさしぶりの電話で少し、明るい気持ちになった。

(記者コラム・長田 亨)

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