「高校生の1年と大人の1年は違う」昔、インターハイを目指したオジさん記者が思うこと

インターハイ中止を伝える4月27日付けのスポーツ報知
インターハイ中止を伝える4月27日付けのスポーツ報知

 今年のインターハイ(全国高等学校総合体育大会)が、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、史上初めて中止となることが決まってしまった。

 勝って涙。負けても涙。高校生アスリートにとって、インターハイは夢舞台だ。各都道府県の地区予選から始まり、都道府県大会や各地方大会を勝ち抜くと、インターハイにたどり着く。

 大きな目標がなくなってしまった今年の高校生アスリートの心情を思うと心が痛む。

 高校生の息子はハンドボール部に所属。全国レベルには遠いけど、毎日、一生懸命に、そして楽しく活動していた。彼はインターハイに続く県大会の中止が決まると「もう、今年という1年はなかったことにして、来年、やり直しほしい」とつぶやいた。

 33年前。埼玉県の普通の公立高校の長距離ランナーだった私は、インターハイ出場を夢見ていた。

 埼玉の陸上競技では県大会で6位以内が北関東大会(埼玉、茨城、栃木、群馬)に進出。さらに北関東大会で6位に入るとインターハイに出場できる。

 ただ、壁は高かった。同学年には、1987年の全国高校駅伝を制することになる埼玉栄勢や、その年のインターハイ3000メートル障害で優勝する松山高校の板橋弘行君、さらには大東大進学後に箱根駅伝6区で区間賞を獲得した秩父農工高に島崎貴之君と実力者が多かった。

 2年生の時、私は新人戦県大会の5000メートルで8位。どうしてもインターハイに行きたかったため3000メートル障害への挑戦を決めた。

 各校のエース級が出場する5000メートルに比べると、3000メートル障害の出場選手の走力は劣る。5000メートルも3000メートル障害も強い板橋君を除けばチャンスはある。17歳の私はセコい戦略を立てた。2年生の冬から春にかけて毎日、障害物を飛び越える練習を繰り返した。踏切のタイミングをつかむために普段の生活でも仮想の障害物を定め、歩数を合わせることを日課にしていた。今では1週間前のこともよく覚えていないのに、33年前の練習の日々は鮮明に覚えている。

 結論を言えばハードリングのセンスがなく、県大会で敗戦した。でも、今、思えば負けることができたことは幸せだった。

 今年の高校生アスリートは、勝ちもせず、負けることもできない。

 高校生アスリートもスポーツより命を守ることが大事ということは分かっている、と思う。ただ、だからと言って「中止はしようがない」と簡単に言ってしまっていいのだろうか。

 毎年、同じような1年を過ごす大人と高校生の1年は違う、ということを大人は理解すべきではないか。オジさん記者は思う。(記者コラム・竹内 達朗)

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