新型コロナウイルスの影響で厳しい状況が続くなか、様々なことを考えている指導者の思いを伝える。春夏通算4度の甲子園出場、昨秋県大会準優勝の仙台商(宮城)を率いる下原俊介監督(49)は、限られた状況下で“つながり”を意識させながら取り組んできた。夏に仙台育英と東北の“私立2強”の壁を破るため、全体練習再開を待ちながら選手個々で力をつけていく。(取材・構成=有吉 広紀)
緊急事態宣言の拡大により、4月上旬から練習禁止となった仙台商。だが以前も新型コロナの影響を考慮しながら練習をしていた。
「3月2日から24日まで臨時休校で、その間は(全体練習を)していない。その後は(週に何度、など)限られた回数で練習をしてきた」
全体練習ができない期間に緊急措置として、下原監督と選手、マネジャーの間でLINEのグループを形成。そこには連絡を取る以外の指揮官の考えがあった。
「場所は別々だけど、心だけはつながっているんだ、と。1人だと意欲の上がらない子もいる。つながりを持たせて、しっかり見ているよ、ということを伝えたかった」
LINEグループの用途はさまざまだ。選手たちが撮影した野球ノートを学年ごとにマネジャーがまとめて毎晩監督に送信したり、監督の思いを全員に伝えたり。ノートに書いていく内容も変化した。
「前日に翌日の予定を書いて、それができたかどうか、反省などを(翌日に)書く。やってきたことを継続して、そこからまた考えながらやっていく力が試される。(続けることで)飾ったことを書く選手が減ってきた」
一時的に全体練習を再開できたときも、通学方法などで気をつけた点がある。
「電車や地下鉄の利用を控えた。遠いところでは、自転車で1時間半くらいかけて来た選手もいる」
感染防止のためにはやむを得ない措置。だが指揮官はそういった出来事も成長するヒントになると語った。 「自転車だと、普段とは違う風景が見える。いろんなことに触れることで、考える、感じる力がつく。(同じ意図で)休校前、学校の図書館で本を借りさせて読ませるようにした」
全体練習が禁止となり、再び選手個々での練習に戻った現在。それでも忘れてはいけない思いがある。
「振り返ったときに、後悔しない1日1日の積み重ねをしないといけない。このときがどうだったか、それが大事になってくると思う」
監督室には“冬を制する者は夏を制する!”の言葉が貼られていた。季節は違えど、屋外で思うような練習ができない現状はまだ冬の期間だ。下原監督は練習自粛期間、選手らとのグループLINEに、雪がちらつくなかでやったサーキットトレーニングの動画を送ったという。「この気持ちを忘れるな、これを乗り越えてきたんだろう、と伝えたかった」と指揮官。長い長い冬が一日でも早く抜けることを信じて、1983年夏以来の甲子園に向け、やるべきことをやっていく。
◆下原 俊介(しもはら・しゅんすけ)1970年11月19日、宮城県生まれ。49歳。仙台商から東北学院大に進み、1994年に大河原商に赴任。登米、宮城農を経て2004年に母校へ戻り、同年7月から監督に就任。