野球部以外の在校生の不祥事でセンバツが幻に…厳しい処分の時代から柔軟対処へ

4月22日のスポーツ報知
4月22日のスポーツ報知

 20~22日付のスポーツ報知で、高校の野球部以外の在校生の不祥事によってセンバツの出場辞退に追い込まれた門司工(1975年)津山商(67年)北海(71年)の元球児の話をもとにした特集を掲載した。「連帯責任」で甲子園への道が閉ざされた3つの不幸な出来事から約50年。不祥事の際の責任の対象が徐々に狭められ、当時とは全く違う判断が下されるようになった。

連帯責任の見直し センバツは、地方大会を勝ち抜いて出場する夏の選手権と違い、文字通り“選ばれた”学校が集う大会。いつの時代でも、選考基準として「校風」「品位」「技能」が高校野球にふさわしいものであることが求められている。

 不祥事の場合は「品位」の対象範囲が重要な問題となる。選手だけなのか。それとも学校までなのか。取り上げた3校が問題を起こした時代は、あくまで学校に属したうえでの野球部の活動であるという点に重きが置かれ、部外者が起こした事件でも責任を負うのが常識だった。当時の日本高野連・佐伯達夫会長は、不祥事に対して厳しい姿勢を示すことで知られていた。緩和への流れを作ったのは、佐伯会長の死去により80年から引き継いだ牧野直隆会長だった。

 まず、82年に「処分を受ける対象者」の取り扱いを以下のように改めた。「野球部員の非行については憲章の定めるところに従って出場停止の処分もあるが、部員以外の一般生徒については特殊な場合を除いてその対象としない」。センバツの選考委員会もこれに準じ、野球部の当事者以外の不祥事を理由に選考から外すことはなくなった。85年からは、指導者の不祥事による対外試合禁止処分も取りやめた。

 連帯責任の見直しがクローズアップされたのは、センバツの選考に限らない。2002年に就任した脇村春夫会長は08年6月、2年生部員による部内暴力が明らかになった龍谷大平安(京都)に対し、3年生部員のみで夏の京都大会に参加することを認めた。その夏、甲子園への出場を決めていた桐生第一(群馬)の2年生部員が強制わいせつ容疑で逮捕されたが、対外試合禁止とはならなかった。

 「教育の一環」と掲げるからこそ厳しい処分を下した時代から、部活動という教育の場を奪わないよう柔軟に対処する方向へと高校野球は変わった。その土台には“幻のセンバツ”となった球児たちの涙がある。(アマ野球キャップ・浜木 俊介)

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