西本幸雄さん生誕100年…阪急教え子の福本豊氏と加藤秀司氏が思い出語る(上)「何してんねん」殴られた でも―優しかった

71年に阪急をリーグ優勝に導いた西本幸雄監督
71年に阪急をリーグ優勝に導いた西本幸雄監督

 監督として8度のリーグ優勝を成し遂げ、2011年に91歳で死去した西本幸雄氏が25日に生誕100年を迎えた。弱小球団だった阪急を5度、近鉄を2度頂点に導きながら、日本一には一度も届かなかった「悲運の名将」。阪急の黄金期をともに築き、後に名球会入りした“教え子”の福本豊氏(72)=スポーツ報知評論家=と加藤秀司氏(71)が名将との思い出を2回にわたって振り返る。(取材、構成=宮崎 尚行)

 シーズンが開幕していれば、オリックスは25日に予定されていた西武戦(京セラD)で阪急が初優勝した1967年の復刻ユニホームを着用。監督、コーチ、選手全員が当時の西本監督の背番号50を背負って前身の阪急、近鉄での功績をたたえるはずだった。2人が松下電器から入団した69年は西本氏のまいた種が実を結び、パ・リーグ3連覇を目指した監督7年目のシーズンだ。

 福本「怖かったよね」

 加藤「威圧感があったね。ユニホームを着てる時は顔つきが違った」

  • 72年、選手宿舎でティー打撃する加藤(右)を見守った

    72年、選手宿舎でティー打撃する加藤(右)を見守った

 福本「でも、選手をつくるのがうまかったんちゃうかな。阪急にしても近鉄にしても、リーグの顔になるような選手をつくっていった。それで選手のレベルが上がってチームが強くなっていく」

 加藤「この選手はやればうまくなるやろな、という見る目があったよね」

 福本「練習させたしね。阪急も近鉄も練習量はすごかったと思うわ。やっぱり、つかむんよね。長いこと打ってると。『レギュラーが100打ったら200、300振らなアカンねん』って言われてた」

 加藤「情熱があったね。つかまったら最後や。2時間くらい打ちっ放しは当たり前。西本さんがトスを上げる。俺もよく打ったけど、西本さんもよく投げたよね。向こうもしんどい。だから、こっちも負けられんって。この人に見限られたら、やめないかんなと思ってくっついていった」

 福本「1年目のオフ、先輩がバットを振ってる姿を指さして『ああいうふうに、ええ格好で振れるようになってこい』って言われて、毎日素振りを続けたんや。ほんなら、翌年のキャンプでライトへ強い打球が出て、僕もビックリ。監督は『お前、誰に教えてもろたんや』と。『監督です』って言うけど信用しはらへんかった」

  • 73年、春季キャンプで福本(左)に打撃指導

    73年、春季キャンプで福本(左)に打撃指導

 加藤「頭とへそを中心に回れ、って強調しとったな」

 福本「へその前な」

 加藤「人の性格をよく見とったね。こいつをしごけば、皆がやるように緊張感を持たせられるとか。そういう雰囲気をつくるのが、ものすごくうまかった。僕はいつも叱られ役。ある時『福さんに言わないのは何でですか』って聞いたら『あれ(福本)は怒ったらすぐ逃げていくからな。お前は向かってくるやろ』って」

 福本「僕、要領がええんやと思うわ。離れとったもんな。なるべく(笑い)」

 加藤「僕は殴られた。ダブルヘッダーの1試合目、交代したから2試合目に向けて早めに準備しようと飯を食ってた。そしたら食堂まで追っかけてきて『何してんねん! 試合見とかんかい』って顔をグーで(笑い)」

 福本「僕が怒られたのは2年目の試合に出始めた頃。新聞で南海のブレイザーコーチの『(俊足の)福本がちょこんと当てるような打撃をすれば首位打者を取れる』ってコメントを見たんよ。それで、ショートゴロを打つような練習をしてたら『せっかくツボをつかんだのに、ちょこちょこやりやがって。代わりはなんぼでもおるし、使わんぞ!』って、ごっつい怒られた」

 加藤「采配が失敗したら、僕らが座ってるベンチを殴ったり蹴ったりしとったしな」

  • 西本氏の写真を手に笑顔の福本豊氏(左)と加藤秀司氏

    西本氏の写真を手に笑顔の福本豊氏(左)と加藤秀司氏

 福本「そうそう。でもユニホームを脱ぐと、そうじゃない」

 加藤「優しかった。西本さんはものすごい言葉のきれいな人やったね。線を引いてたのか、選手と食事に行くことは絶対になかったけど、打てなくて悩んでた時には部屋に呼んでいろいろと教えてくれたり。褒めるのがまた、うまかった。打てなくて怒られたことはないけど、打ったら褒めてくれる」

 福本「盗塁でアウトになっても怒らへん。ただ『はよ、走らんかい』とは何度も言われた。後ろのバッターのことも考えろって。追い込まれたらどないすんねん、大変やろって。だから早いカウントから行くようになった」(続く)

 ◆福本 豊(ふくもと・ゆたか)1947年11月7日、大阪市生まれ。72歳。68年ドラフト7位で阪急に入団。70年から13年連続盗塁王。72年には106盗塁のシーズン最多記録をマーク。通算2543安打、208本塁打、884打点。1065盗塁、115三塁打はプロ野球記録。2002年に殿堂入り。左投左打。

 ◆加藤 秀司(かとう・ひでじ)1948年5月24日、静岡県生まれ。71歳。68年ドラフト2位で阪急に入団。登録名を「英司」に変更した79年に打点、打率で2冠。83年から広島、近鉄、巨人、南海と渡り歩き87年引退。通算2055安打、347本塁打、1268打点。首位打者2度、打点王3度。左投左打。

71年に阪急をリーグ優勝に導いた西本幸雄監督
72年、選手宿舎でティー打撃する加藤(右)を見守った
73年、春季キャンプで福本(左)に打撃指導
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