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「国が届ける娯楽」小島太元調教師が説く競馬界の使命「できる限り開催が続いてほしい」

2015年8月、管理していたディサイファで札幌記念(G2)を制した小島さん(右端)
2015年8月、管理していたディサイファで札幌記念(G2)を制した小島さん(右端)

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で競馬の3月末のドバイ国際競走など海外の大レース中止も相次ぐ中、日本中央競馬会(JRA)は無観客開催を続けている。小清水町出身で本紙評論家の小島太・元調教師(73)は、トレーナーとしてW制覇した15年函館記念と札幌記念を、騎手時代の2度に渡る日本ダービー制覇より「うれしかった」と回顧。競馬界の使命を説き、今も愛してやまない北海道へ力強くエールを送った。(取材・松浦 拓馬)

 新型コロナウイルスの影響で、世界では多くの人が亡くなり、日本でも感染者、死者の数が増えています。早く世界の人々を救うワクチンや特効薬の開発ができることを日々願いながら、収束を祈っています。

 振り返れば、国内では私の生まれ故郷・北海道で一番最初の「緊急事態宣言」が出され、感染拡大が懸念されました。15歳で北海道を離れましたが、いつも古里を胸に、今日まで戦い続けてきました。

 北海道は、馬産地であり、夏にはレースも行われます。私も騎手、調教師時代には毎夏滞在し、仕事をしていました。道産子には「厳しいことに負けない」という精神があると思う。自分もそうして強くなれた。ジョッキー時代には、何か北海道に「いいニュース」を届けようと必死に馬とともに戦い続けていました。

 競馬界に身を置いてから50年以上が経ちますが、最も思い出に残っているのは調教師時代の2015年です。管理していたダービーフィズで函館記念を、ディサイファで札幌記念を制しました。G1レースではない重賞でしたが、北海道生まれの自分としては、両記念は特別なものでした。騎手時代には制することはできなかったので、ずっと意識をしていました。この2つの勝利は、日本ダービーを制した時よりうれしかったですね。

 現在、中央競馬は非常に厳しい制限をかけ、感染拡大防止に努めながら、無観客での開催を続けています。世界を見れば競走をとりやめている国が多いですが、日本は決死の努力で開催を継続しています。競馬は国が届ける娯楽のひとつ。その使命は、緊急事態宣言下であるからこそ達成しなければなりません。関係者一同、努力し、できる限り開催が続いてほしいと思っています。

 自分と同世代の人が命を落とすニュースに心が痛みます。まずは自分の体を守るために予防し、求められるのは一人一人の自覚ある行動。世界に誇る北海道、「コロナに負けるな!」と心から願っています。

(JRA元調教師)

 ◆小島 太(こじま・ふとし)1947年4月11日、小清水町生まれ。73歳。66年に中央競馬で騎手デビュー。日本ダービー2勝(歴代2位タイ)。騎手時代は「フトシ」の愛称で親しまれ、華のあるジョッキーとして名をはせた。通算成績1024勝。97年に調教師へ転身し、イーグルカフェ(G1・2勝)、マンハッタンカフェ(G1・3勝)などを管理し、通算成績は476勝。88年12月には小清水町栄誉賞第1号に。現在、スポーツ報知の競馬面で「男の華」を執筆中。

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