みちのくの名将・石巻専大女子競争部の泉田利治監督が語る「心」の重要性

厳しい表情で選手に指示を出す石巻専大・女子競走部の泉田監督(自主練習への変更前に撮影)
厳しい表情で選手に指示を出す石巻専大・女子競走部の泉田監督(自主練習への変更前に撮影)
砂利道の上を走る石巻専大・女子競走部の選手たち(自主練習への変更前に撮影)
砂利道の上を走る石巻専大・女子競走部の選手たち(自主練習への変更前に撮影)

 石巻専大・女子競争部の泉田利治監督(65)は、日本ケミコン女子陸上部監督時代には宮城県女子駅伝24連覇を達成。2015年4月、同大女子競争部の指揮官に就任すると、わずか半年で第33回全日本大学女子駅伝対校選手権大会(杜の都駅伝、報知新聞社後援)の出場権を獲得した。宮城・塩釜市出身の“みちのくの名将”の指導のモットーとは。(取材・構成=高橋 宏磁)

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、陸上も様々な大会が中止になった。石巻専大・女子競争部は現在、学校内のグラウンドを使用することもできない。基本的には学校外で、個別練習を行っている。ただ指揮官はその状況にもめげる様子はない。

 「学校のグラウンドが使えなくても、屋外で練習はできる。砂利道も、山の中だって走れる。走ろうと思えば、どこでも走れます。現状を受け入れて、やるしかないんです」

 15年4月、同競争部は「競技に励む学生の姿を通じ、元気と活気を与えよう」との目的で発足した。練習で使用するコースには砂利道もある。どんなに雨が降っても強風が吹き荒れても、その厳しい環境での練習を中止することはない。

 「どんなに暑くても寒くても雨が降っても、基本的には試合が中止になることはない。特にマラソンはね。普段から、どれだけ厳しい環境の中で練習を積み重ねていけるか。そういう練習を続けていけば『雑草魂』が育まれていく。何よりも大事なのは心なんだよ。『心技体』という言葉があるでしょ。その中で、一番最初にあるのは『心』なんだ。厳しい練習を続けることで、その心を成長させていくことができる」

 指揮官には、忘れられない大会がある。16年7月、札幌市内で開催された北日本インカレだ。なんと大会初日、テント内にあった全9選手(当時)の荷物の多くが盗まれた。チームメートを応援している際の、わずかな隙を狙われた。

 「財布はもちろん、シューズもスパイクも全部盗まれました。発覚した瞬間、選手はショックを受けていましたよ。取り調べに訪れた札幌の警察署の人からは『選手の方々も不安でしょうし、出場を辞退した方がいいのでは』と言われた。私は警察の方に『そんな心配は無用です』と言いましたよ。実際、その後で選手に聞いたら『監督、走らせてください』と言ってきたからね」

 そして迎えた女子1万メートル決勝。石巻専大は、当時全員2年だった川崎美祈が1位、原田詠麻が2位、千葉悠里奈が3位と表彰台を独占。創部2年目の選手たちが“盗難騒ぎ”もはね返し、結果を残した。

 「応援中に狙うなんてひどいと思うけど、盗まれたことは仕方がない。起こったことはもう、取り返しがつかないからね。大事なのは物事が起こった後にどう対応するか。そこで、人間としての真価が問われる。そういう人間になれるよう、指導していかないと。雑草は花屋さんでは売ってないかもしれないけど、売られている花よりもはるかに生命力は強い」

 あえて厳しい練習を課すのは、選手の将来を考えてのことだ。

 「選手たちも、いつかは競技を引退する。母親になって、こどもを育てる選手もいるだろう。そして今の医療を考えたら、80年以上は生きるわけだから。大学を卒業した後の長い人生をどう生きるか。その先の人生を充実したものにできるかどうかは、今にかかっているんだ」

 大事なのは試合で結果を残すことだけではない。どんな時も、気持ちを切らすことなく足を前に進めること。指揮官はその先に、得るものがあると信じている。

 ◆泉田 利治(いずみだ・としはる)1954年4月26日、宮城・塩釜市生まれ。65歳。仙台育英高3年時に県大会で1500メートル優勝。73~86年まで大昭和製紙で活躍。86年に日本ケミコン女子陸上部監督に就任し、宮城県女子駅伝24連覇。2000年シドニー五輪日本代表コーチも務めた。15年4月に石巻専大・女子競走部の監督に就任。

厳しい表情で選手に指示を出す石巻専大・女子競走部の泉田監督(自主練習への変更前に撮影)
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