新日本プロレス道場で小川直也が安田忠夫をKOした日…金曜8時のプロレスコラム

1997年4月10日付スポーツ報知
1997年4月10日付スポーツ報知

 また今年もフレッシュマンが入社し、新人記者が誕生していく季節となった。スポーツ報知にも新人8人が入社した。花の2020年東京五輪入社組となるはずだった新人たちは、いきなり非常事態宣言と向き合い、現場には行けず、マスクを付けて社内研修に取り組んでいる。毎年のように先輩として講釈をたれさせて頂いているが、この年代が生まれた年は何をしていただろうかといつもながら振り返る。

 今年の新卒世代が生まれたのは1997年。新聞記者をしていて便利なのは、資料室で過去のバックナンバーをひもとくと、自分が当時何をしていた(書いていた)かを簡単に振り返れることだ。23年前の4月9日のことは、同10日付の新聞に出ていた。

 すぐに記憶がよみがえった。1997年4月9日、私は東京・世田谷区野毛の新日本プロレス道場にいた。元柔道世界王者の小川直也(当時29)が、3日後の4月12日に東京ドームでプロレスデビューするにあたっての最終調整を取材するため道場を訪れたのだった。師匠のアントニオ猪木(同54)の前で、小川は大相撲元小結・孝乃富士ですでにプロレスデビューしていた安田忠夫(同33)とスパーリングを行った。若手の付き人として、藤田和之(同26)もいた。

 そこでリング初公開したのが、必殺技のSTO(スペース・トルネード・オガワ)だった。当時の表現を引用すると。「右手で向かって来る相手の左腕を取り、左足で足を払いながら、左腕で首を刈るように浴びせ倒した。後頭部から落ちた安田の顔面を、わきの部分で覆うように全体重をかけて押しつぶした」。紙面の見出しには「安田を一発でKO」「まだ7割の力です」とある。

 当初は報道陣がシャットアウトされるピリピリムードだったが、猪木の招きで1分間のスパーリングが公開された。見事にシャッターチャンスをとらえた写真で、猪木流のデモンストレーションであることは明白だったが、収穫ありに歓喜したことを思い出す。小川は4・12東京ドームで、橋本真也(当時31)にSTOを決め、TKO勝利を飾った。

 その後、小川、安田、そして藤田は、猪木について総合格闘技に参戦し、新日本プロレスと決別した。あのスパーリングはプロレスが総合格闘技のうねりに巻き込まれていく端緒だったと思うと興味深い。

 小川は柔道への恩返しへ原点回帰し、2006年に神奈川・茅ヶ崎市に小川道場を開いた。長男の小川雄勢(23)は明大を卒業し、パーク24で2年目の春。2024年のパリ五輪を目指している。いつか、新人記者たちが、輝かしい東京五輪、そしてパリ五輪の記事を振り返る日が来ることを願う。(酒井 隆之)

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