智弁和歌山野球部元部長・古宮さんが第2の人生で伝えたいこと…「全ては自分のせい」という価値観

新たな夢に向かって挑戦を始める古宮克人さん
新たな夢に向かって挑戦を始める古宮克人さん

 先日スポーツ報知の紙面(大阪版)で、智弁和歌山野球部で部長などを務め、3月いっぱいで同校を退職した古宮克人さん(31)の新たな挑戦について紹介した。今後は歌手としても活動し、夏の高校野球のテーマソングを歌うことが目標という内容だったが、紙面の都合上2時間を超えるインタビューの全てを書ききることはできなかった。ここでは紙面で触れることのできなかった古宮さんの思いや、今後のビジョンをもっと詳しく紹介したい。

 まず古宮さんに聞いてみたいことがあった。なぜ智弁和歌山を辞めるのか、だ。古宮さんといえば高校時代は1988年度生まれの“ハンカチ世代”の一員として、3度も甲子園に出場。2006年夏の準々決勝では、主将として帝京と両校合わせて29安打が飛び交う球史に残る大激闘を繰り広げ、最後は古宮さんが選んだサヨナラ押し出し四球で勝負が決した(13―12で智弁和歌山の勝ち)。学生時代、高校野球オタクだった記者からすれば、ヒーローのような存在だった。教員として母校に帰ってからも、甲子園に出場するたびいつも記者に囲まれ、わかりやすい言葉で丁寧に対応する姿が印象的だった。てっきりこのまま母校での指導を続けていくものと思っていた。

 しかし2018年夏に高嶋仁監督(現名誉監督、73)が勇退し、中谷仁氏が(40)が新監督に就任、監督になる道が現状“断たれた”形となった。それが智弁和歌山を去る大きな理由なのか? そんな疑問をぶつけると、予想外の答えが返ってきた。

 「この9年間監督をやりたいとは思ったことがなくて、監督をやりたいという願望がないんですよ。母校に恩返しできる手段として監督の立場を与えられるのであれば、そこを全うするという考え方なんで、自分がやりたいからやるという感覚はないですね。中谷監督に代わった時もそれに対して不満もなく、学校に対して感謝しかなくて。高嶋監督の近くにいたからこそ、実績もない若いときから全国の名だたる名将の方たちとお話する機会もありましたし、皆さん覚えてくださって大事にしてくださいました。こんなありがたい立場、他にはなかったなって」―。「恩師」と表現する高嶋監督から大先輩の中谷監督へ、バトンをつないだこのタイミングが、古宮さんにとってのベストな節目になったのだという。

 とはいえ今年で31歳。妻に幼い2人の子どもいる。安定した職を手放すのはなかなか勇気がいることだが「智弁にいる時からレギュラーになれない子や、努力しているけど結果が出ない子たちのサポートしかしてこなかったので、その子たちが活躍してくれたらうれしかったんです。そういう思いもあって、守られた環境の中でこのままやるのではなくて、本当の意味で社会に出てその中で苦労している、悶々(もんもん)としている、個性を失っている、いろんなしがらみに巻き込まれている子たちに対して、何か教育的な事業をやりたいなという思いが出てきたんです。野球大好きでずっとやってきたんですけど、野球がないとダメってことでもなくて。野球を切り取ったところで、何とか自分のコーチング的な能力をもっと幅広く発揮できないかって思いが芽生えてきました」とその決意に揺るぎはない。

 今後展開していく教育事業の大きな柱は、学校、塾などに続く“第3の学校”をコンビニ感覚で各地につくることだ。そこでは学校や塾、スポーツチームでもなかなか取り組む機会の少ない「心の教育」に力を入れる。

 「『何のために学校に行っているの?』『将来何のために生きていくの?』とかいろんな情報や人間関係の中でそういうのを考える余白がなかったりすると思うんです。本来ならばもっとパワフルに学校生活を送れるはずなのに、友達関係や家庭環境で苦しんでいたり、好きなことやっていなくて。コンビニ感覚でそういう学校があれば自分の好きな先生のところに行ってその先生の価値観とか、物の見方、考え方を学んで学校に行くと学校生活も充実してくるんですよ。習い事も当然充実してくるし、その後の人生がちゃんとした価値観のもと育まれていくようになると思うんです」

 教材は日々の出来事だ。何に対して腹が立ったのか、何に対して喜びを感じたのか、みんなでシェアして、いろんな価値観を知る。「こういう風にコミュニケーションを取ってみたら?」と古宮さんから具体的なアプローチも送っていくといい、そこでベースになるのが「全ては自分のせい」だという考え方だ。

 「実は根本的に自分が怒る原因も、我慢しなければならない原因も全部自分にあるんですよ。それにみんな気づいていない。自分の価値観さえ変わったら我慢することもイライラすることも、何でもないことに変わっちゃうんですね。怒られたとしても『この人は一生懸命自分に対して言ってくれているんだ』と思うのか、『また攻撃してきたわ』と思うのかは全然違うんですよね。相手がしている行動は一緒なんですけど。『自分はこれがやりたいから、どうやったらこの人を巻き込んでいけるか』ってコミュニケーションを取ろうとするじゃないですか。今の人はそれがややこしいからと言って、コミュニケーションが取れなくなってきている。『これを言ったら相手が遠慮するんじゃないかな』って勝手な自分の解釈が働いて、そもそも挑戦しないんですよ。ブレーキかけているの自分なんですよね」

 自分の枠の中で考えるからしんどくなり、世界が狭くなる。自分の考え方、捉え方ひとつでいくらでも人生は良い方向に変わっていく。日頃しょっちゅう会社の上司と衝突している記者にとっても耳の痛い話だった。古宮さん自身も、もともとこういった考え方だったわけではない。智弁和歌山でさまざまな人とぶつかり、反省し、自分を見つめ直す中で変わったという。これらの基本的ではあるが、生きていく上では大事な考え方を、学生のうちから多くの子どもに伝えていきたいと事業を計画している。

 そして古宮さんの考えを受け継ぐ人がたくさん生まれ、事業が軌道に乗った際には「50歳ぐらいからもう1回高校野球も面白いなと思っています。いろんな事業を手がけて、いろんな人を育てて、暇になったらいいなと。弱小チームでやりたいんですよ」と次なる夢についても語ってくれた。智弁和歌山では実現しなかったが、また別のユニホームを着てグラウンドに立つ古宮さんの姿をぜひ見てみたい。熱い思いが1人でも多くの人に伝わるように、甲子園のヒーローの新たな船出をこれからも応援していきたいと思う。(記者コラム・筒井 琴美)

 ◆古宮克人(ふるみや・かつひと)1989年3月1日、大阪府泉南市生まれ、31歳。小3から軟式の「イーストアイアンズ」で野球を始める。智弁和歌山では外野手として1年夏からベンチ入りし、2年夏、3年春夏の3度甲子園に出場。主将として出た3年夏には4強に進出した。進学した立命大でも野球部主将を務める。2011年に保健体育の教員として母校に戻り、野球部の部長、副部長を務めた。家族は妻と3歳の息子と1歳の娘。

コラムでHo!とは?
 スポーツ報知のwebサイト限定コラムです。最前線で取材する記者が、紙面では書き切れなかった裏話や、今話題となっている旬な出来事を深く掘り下げてお届けします。皆さんを「ほーっ!」とうならせるようなコラムを目指して日々配信しますので、どうぞお楽しみください。

野球

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS ショップ報知 マガジン報知 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真販売 法人向け紙面・写真使用申請