あの堀内恒夫も恐れた 鬼監督・川上哲治…プロ野球取材歴40年超 名物記者がつづるレジェンド秘話

巨人ドラフト1位の甲府商・堀内恒夫(右)を指導する川上哲治監督
巨人ドラフト1位の甲府商・堀内恒夫(右)を指導する川上哲治監督
巨人・堀内恒夫と川上哲治監督。中日球場で。1972年撮影
巨人・堀内恒夫と川上哲治監督。中日球場で。1972年撮影

 67歳。プロ野球を担当して40年あまり。はっきり言って、ロートル記者です。パソコンもうまく使いこなせません。そんな老いぼれに「ネットで原稿を書きませんか」というお願い。恐れ多い機会をいただきました。

 もうバリバリの前線記者ではありませんから、大谷クンのことや佐々木クンのことは書けません。でも、若いみなさんが伝説でしか知らない人たちの何人かとは、辛うじて接点があります。そんなプロ野球界のレジェンドからグラウンドで聞いた話、記者席でそっと教えてもらった内緒話を書きます。ロートル記者らしく、あくまで“ローテーションの谷間”で。

 最初に登場していただくのは、レジェンド中のレジェンド。1920年3月23日、熊本・人吉生まれ。と言えば、川上哲治さん。新型コロナウイルス感染拡大の影響でプロ野球の開幕が延びなかったら、4月8日に郷里の熊本で巨人・中日戦が行われ、“生誕100年”がお祝いされるはずでした。スポーツ報知でも大々的に特集を組む予定でしたが、開幕延期で巨人の熊本遠征がなくなり、用意していた企画もお蔵入りになりました。そこで、この場をお借りして“伝説の人の伝説”をいくつか紹介します。

 話してくれたのは、スポーツ報知評論家の堀内恒夫さんです。現役時代、“悪太郎”と呼ばれた人でも川上監督は「怖くて口も聞けない」存在でした。若い頃、ある日の阪神戦。その日、巨人打線は江夏投手に手も足も出ませんでした。試合も終盤、江夏にひねられ、お手上げのポーズをしながら長嶋さんがベンチに戻って来ました。「きょうの江夏はいいですねえ。これじゃあ、打てませんよ」

 それを聞いた川上監督、烈火のごとく怒りました。「こらっ、長嶋、何を言うとる! お前はうちで一番高いカネをもらっとるんだぞ。そのお前が『打てませんよ』とは何事だ!」。あまりの剣幕に、ベンチにいた堀内さんは凍り付きました。

 4番打者が相手に白旗を揚げては、他の選手にしめしがつかない。「川上さんはあえてみんなの前で長嶋さんを怒った」。堀内さんはそう理解しました。川上監督には、その後も数多くの「怖い思い出」があるといいます。次回は、堀内さんが経験した川上さんの“恐怖の無言説教”を書きます。はっきり言って、次回は面白いです。(洞山 和哉)

巨人ドラフト1位の甲府商・堀内恒夫(右)を指導する川上哲治監督
巨人・堀内恒夫と川上哲治監督。中日球場で。1972年撮影
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