箱根王者・青学大新コーチに元加藤学園陸上部監督・勝亦祐一氏…「黄金時代を築くのを少しでも、手伝えたら」

モットーである「心の成長が記録をうむ」を胸に、大学生の指導にあたる勝亦新コーチ
モットーである「心の成長が記録をうむ」を胸に、大学生の指導にあたる勝亦新コーチ

 加藤学園陸上部元監督の勝亦祐一氏(49)が1日、青学大陸上部長距離ブロックの新コーチに就任した。加藤学園時代は、2013年からチームを3年連続で全国高校駅伝に導き、15年には8位入賞を果たした。青学大は、今年の箱根駅伝で2年ぶり5度目の優勝を果たすなど大学陸上界を引っ張る強豪校。原晋監督(53)の“参謀”として、新コーチが黄金時代を築いていく。

 加藤学園の監督として県高校駅伝3連覇に導いた名将が、1日から青学大のスタッフに加わった。大学駅伝を引っ張る強豪校の新コーチに就任した勝亦氏は、「黄金時代を築くのを少しでも、手伝えたら」。新型コロナウイルス拡大の影響で現在、全体練習は自粛中。初日となったこの日は自主練を視察するだけだったが、原監督の右腕としてチームを支える。

 高校の指導者から大学のコーチへ転身する。「高校生とは違い、大学生は一から十まで教えることはない。選手のやりやすい環境を作るために、グラウンドの芝刈りでもやりますよ」。通常練習になった際の朝練に備えて、4時半起床に慣れることから始まることになりそうだ。

 自身の学生時代は水泳部だった。順大では、途中からマネジャーを務めた。卒業後は中京大の研究生となり、その後、1995年に加藤学園に赴任。「来てみたら、学校にプールがなかった」。水泳部がなかったため、専門外の陸上部を任された。

 就任時は、まるで、同好会だった。「当初は、生徒から、なんでこんなに練習をやるんだって文句が出た」と、振り返る。「はだしで走っている女子がいて、なぜ靴を履かないのか聞いたら、こっちの方が走りやすいからって」。当時を思い出して笑った。

 まじめに取り組んでいた一部の選手のため、一から陸上を勉強した。「恵まれたことに、近くの学校には同じ順大OBが大勢いたのが良かった」。ツテを利用して、陸上出身の指導者に練習法を聞きまくった。母校・中京高(愛知、現中京大中京高)の春合宿にも参加させてもらい、トレーニング法を学んだ。

 水泳よりも陸上の練習は、刺激があったという。「水の中は、大勢で練習していても、声は聞こえない。でも、陸上は話しながら練習出来るのが楽しかった」。水泳は合宿地に行っても、「どこも同じような環境で、50メートルのプールをひたすら泳ぐだけ」。でも、陸上は、合宿の場所によって環境も地形も違うし、気象条件も変わる。話好きな勝亦氏にとっては、水中よりも陸の方が性に合っていた。

 新天地では原監督と学生のパイプ役を務める。家族は沼津に置いて、3月下旬から単身赴任生活を開始。「高校と違う世界を見るのも、いい勉強」。大学最強校で経験することは、指導者として財産になるのは間違いない。勝亦新コーチが、「青学王国」創建の一端を担う。(塩沢 武士)

■箱根駅伝に教え子9人を輩出

 勝亦新コーチは加藤学園高時代に、9人の教え子を箱根駅伝に輩出した。青学大では、下田裕太(23)=GMOインターネットG=が、16~18年に8区で3年連続区間賞を獲得するなど総合4連覇に貢献。今年の箱根では、帝京大の小野寺悠(当時3年)が1区、順大の藤曲寛人が2区、神大の荻野太成(ともに同4年)が10区を走った。「各大学の先生たちから、加藤学園の選手は練習でも黙々と走れると言ってくれる。教え子がそれぞれの大学で頑張ってくれているのが、うれしいですね」と、目を細めた。

 ◆勝亦 祐一(かつまた・ゆういち)1970年12月1日、千葉・習志野市生まれ。49歳。愛知・中京高(現中京大中京高)から順大に進学。高校は水泳部で、大学では途中からマネジャーを務めた。95年から加藤学園に非常勤で務め、97年から常勤講師になった。家族は夫人と2男1女。

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