【あの日の五輪】母の言葉で涙が止まった…2016年の吉田沙保里(下)

リオ五輪の決勝を戦い終え、母・幸代さん(右)に抱きつき泣き崩れる吉田沙保里。立ち直るきっかけとなったのも母の言葉だった
リオ五輪の決勝を戦い終え、母・幸代さん(右)に抱きつき泣き崩れる吉田沙保里。立ち直るきっかけとなったのも母の言葉だった

 決勝で敗れた吉田は、よく眠れず翌朝を迎えた。選手村は妹分で48キロ級金メダルの登坂絵莉と同部屋。隣のベッドからゴソゴソと寝返る音が聞こえた。「ごめんね。一緒に金メダルを取ろうって約束したのに私が取れなくて」。話しかけると、すぐに「そんなことないです」と涙声で返ってきた。「絵莉は金メダルを取ったんだから泣かなくていい。笑っていてほしい。笑顔でいなさい」。2人で泣いた。

 気を使わせたくなかった。「泣かない。笑顔でいよう」。そう思ってはいても涙は出た。その日の夜、現地で母・幸代さんに会った。申し訳ない思いで銀メダルを見せると、思わぬ言葉が返ってきた。「うわあ、すごいきれいな色やなあ。ちょうどよかったじゃない。うちに銀メダルなかったから」。誰よりも近くで見守ってくれてきた母の言葉に救われた。その日を境に、涙は消えた。

 「負けたときの母の言葉はすごくスーって入ってくる」。度々、敗戦から立ち直るきっかけをくれた。08年1月のW杯の米国戦。無名選手に敗れ、連勝記録が119で途切れた。「119人の人があなたに負けて悔し涙を流しているんだよ。あなたはただ1回負けただけでしょ」。「あ、そっか」。すぐに気持ちを切り替え再出発。その年の北京五輪で連覇を飾っている。

 4度目の五輪は表彰台の一番上には立てなかったが、だからこそ見ることができた景色もあった。

 「学べたことだらけの大会。あ、負けた人ってこれだけ悔しいんだって。銀メダルをかけてもらっているときにいろいろ考えました。こうやって戦う仲間がいて競い合えたから、頑張れたんだ、努力できたんだとか。勝ったときには考えられないことが、サーッていっぱい出てきた。泣きながらだったけど」

 4連覇への重圧と、日本選手団の主将としての期待を背負って戦い抜いたリオが、最後の五輪になった。19年1月に引退を表明した。

 「リオは負けた人の気持ちがよく分かった大会だった。一番最後にね。味わえてよかった。負けたことは悔しいし、負けてよかったとは言えないけど、そういうことも経験できて、逆に良かったなと今は思える」

 日本の女子レスリングは、正式種目に採用された04年アテネ五輪から毎大会複数の金メダルを獲得している。「金メダルは逃さず取ってほしい。金ゼロっていうのは絶対にあり得ない。強い女子レスリングでずっといてほしい」。東京大会後半に行われる日本のお家芸の、メダルラッシュに期待した。(高木 恵)=敬称略、おわり=

 ◆リオ五輪の名場面 日本は27競技に338人(男子174、女子164)で挑み、過去最多となる41個(金12、銀8、銅21)のメダルを獲得した。第2日の8月6日に行われた競泳男子400メートル個人メドレーで、萩野公介が日本選手の金メダル第1号になった。体操男子個人総合は内村航平が44年ぶり4人目の2連覇で、団体との2冠を達成。レスリングは伊調馨が個人種目で女子史上初の4連覇を飾った。南米では初開催で、史上最多の205か国・地域が参加し、28競技306種目が実施された。

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