丸山桂里奈、独占インタビュー…福島第1原発元所長・吉田昌郎さんは「私の中で生きている」

“エアトーチ”を手に、聖火ランナーのリベンジを誓った丸山桂里奈(カメラ・宮崎 亮太)
“エアトーチ”を手に、聖火ランナーのリベンジを誓った丸山桂里奈(カメラ・宮崎 亮太)

 2011年サッカー女子W杯で初優勝した元なでしこジャパンFWの丸山桂里奈(37)が25日、スポーツ報知の独占インタビューに応じ、第1走者として参加予定だった26日の聖火リレー中止について心境を語った。福島第1原発で働いたことがあり「第二の故郷」の福島で、復興の思いを乗せた走りができず「めちゃめちゃ残念です」。今回は新型コロナウイルスの影響で参加辞退者もいただけに「次はなでしこ全員で走りたい」とリベンジを願った。27日は同FW大野忍さん(36)が思いを語る。

 特別な思いで待ち望んでいた聖火リレーが中止となった。「めちゃくちゃ残念です。親元を離れて福島で東電に勤めて(同女子サッカー部)マリーゼでプレーして。青春時代を過ごした第二の故郷で聖火のスタートを切りたかった。26日は37歳の誕生日。一生に一度の舞台で走りたかった」

 走るイメージは膨らませていた。「最近はなるべく階段を上ったり。筋肉が足に全部持っていかれて握力が弱くて、トーチ(約1・2キロ)が重いので握力を鍛えてた。何人でどう走るか、誰がトーチを持つとか聞いてなくて。私はスタートダッシュが速いタイプだけど、みんなで足並みをそろえて走ろうと考えてましたね」

 11年3月11日、東日本大震災が発生した。その後、6~7月にかけて行われた女子ドイツW杯では復興の思いを胸に戦い、初優勝を飾った。「私たちがサッカーをやることが東北の皆さんに元気を伝え、前に進むことにつながればと思って戦った。今回、代表合宿やマリーゼでプレーしたJヴィレッジから出発することに意味があるし、復興や感謝の気持ちを伝えながら走ろうと思ってた」

 福島第1原発事故の収束作業の陣頭指揮を執った吉田昌郎所長(13年死去)は元上司。公私で世話になった恩人だ。「よく一緒にすき焼きを食べたり、お父さんのような存在。『自分が信じた道を進みなさい』と言ってくれて、今も見守ってくれている気がする。吉田さんは私の中で生きている。その気持ちを背負って走ることが恩返しにつながれば」

 04年アテネ五輪、08年北京五輪、12年ロンドン五輪と3大会連続で出場。延期が選手に与える影響は大きい。「代表に内定しているのに再選考となったら不安になる選手もいると思う。でも、今回の延期は全員が延期だから、ちゃんとした平等がある。一つ一つ積み重ねてきたことが崩れることは絶対にない。もっと成長できる期間がある、自分が今持っていないものを磨ける時間にしてほしい」

 聖火リレーは、1年程度延期する東京五輪の日程に合わせ行われる見込み。「今回はそろわなかったけど、次にまたみんなで走れるかもしれない希望もある。なでしこは誰かが欠けてもチームにならないので、全員で走りたい。また私の誕生日に走れたら最高です」

 ◆11年も下馬評低 来年金メダルいけるぞ

 〇…丸山は、なでしこジャパンの来年の東京五輪金メダル獲得に期待を寄せた。昨夏のフランスW杯は16強で敗退、3月のシービリーブス杯は3戦全敗と不振。それでも、低い下馬評ながら優勝した11年W杯を引き合いに「今は『弱い、勝てないかもしれない』と思われた方が選手は気持ち的に良い」と心境を代弁した。鍵に挙げるのは「個」のレベルアップと組織力の強化。「五輪の延期でもっとパワーアップできる時間がある。楽しみですね」と話した。

 ◆丸山 桂里奈(まるやま・かりな)1983年3月26日、東京都生まれ。37歳。小6でサッカーを始め、日体大時代は全日本大学女子サッカー選手権で4連覇。2003年に日本代表入り。05年に東京電力就職と同時に女子サッカー部マリーゼに入団し、同年新人王。11年女子W杯優勝。04年のアテネ五輪、08年の北京五輪、銀メダルを獲得した12年のロンドン五輪に出場。16年に現役引退。現在、タレントとしてバラエティー番組を中心に活躍。162センチ。

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