【あの日の五輪】なぜ? 怖かったのかな…2016年の吉田沙保里(上)

リオ五輪の決勝でマルーリス(右)にバックを取られる吉田沙保里。4連覇を達成できなかった
リオ五輪の決勝でマルーリス(右)にバックを取られる吉田沙保里。4連覇を達成できなかった

 2016年リオデジャネイロ五輪のレスリング女子53キロ級は、4連覇が期待された吉田沙保里さん(37)が決勝で敗れ、泣きながら「申し訳ない」と繰り返した。01年12月から続いていた個人戦での連勝は206で止まり、世界選手権と合わせた連続世界一は16大会で途切れた。霊長類最強女子と呼ばれたアスリートは、最後の五輪で手にした初めての銀メダルから、多くのことを学んだという。(取材・構成=高木 恵)

 吉田は親しい人には告げていた。「金メダルを取って引退する」。14年に急逝した父・栄勝さん(享年61)の墓前で「4連覇するからね」と誓い、覚悟を決めていた。レスリング人生を支えてくれた人たちへの感謝を、4個目の金メダルに重ねるはずだった。

 「最後は気持ち」。よく口にする言葉だ。連勝記録が途切れて迎えた08年北京、直前に調子が上がらず、もがいた12年ロンドンもそうだった。いつでも五輪の試合前日にはポジティブ思考の塊と化した。だがリオだけは違った。

 前日に48キロ級の登坂絵莉、58キロ級の伊調馨、69キロ級の土性沙羅が金を獲得した。仲間の快挙を喜びながら、ある思いがこみ上げた。「私は大丈夫かな」。4度目の五輪で、初めて不安に全身を包まれた。

 「戦う前からマイナスに入っていた。『よし、私も取るぞ』という気持ちになればいいと分かっていても、なぜかなれなかった。怖かったのかな。自分でも分からない気持ち」

 決勝の相手も予想外。長年の好敵手のマットソン(スウェーデン)ではなく、24歳のマルーリス(米国)だった。「下から下から出てくる感じ。私が入って行こうとしても、前に追い込んできた」。これまでにない「圧」を感じていた。

 1―0とリードのハーフタイムに、セコンドの栄和人氏に「いや、強いです」と伝えている。後半もタックルに入れないまま、時間は過ぎていく。「もう一回取らないと」。焦りは百戦錬磨の勘を狂わせた。「変な首投げをかけちゃって。あんな投げ方、練習でもかけたことがないのに」。後半開始25秒。強引な首投げを返され、バックを奪われ逆転を許した。

 頭は混乱していた。「沙保里ー、集中!」。いつもなら必ず耳に届く、スタンドの母・幸代さんの声を聞いた記憶がない。「焦っていましたね。ポイントを取らないと、どうしよう、どうしようって。冷静さがなかった」。1―2で迎えた残り1分。攻め込まれた場外際で両膝をついてしまった。立ったまま場外に出れば1失点で済んだが、2失点。「どうして膝をついたのか、自分でも分からない」。土壇場で大きな差。1―4で敗れると、マットに突っ伏した。

 「絶対金メダルを取って帰って来ますって皆さんの前で言ってたし、自分の責任だと思っていた。申し訳ないっていう気持ちしかなかった」。スタンドの母に駆け寄り抱きつくと「お父さんに怒られる」と泣きじゃくった。=敬称略、つづく=

 ◆吉田 沙保里(よしだ・さおり)1982年10月5日、津市生まれ。37歳。久居高―中京女大(現至学館大)卒。五輪は初出場の2004年アテネ、08年北京、12年ロンドンと3連覇し、16年リオは銀。個人種目では五輪、世界選手権の世界大会で16連覇、個人戦では206連勝を記録。12年に13大会連続で世界一となり、ギネス世界記録に認定。国民栄誉賞も授与された。19年1月に引退表明。身長157センチ。

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