【あの日の五輪】僕だけ見た北島康介さんの鬼の顔…12年の松田丈志(下)

ロンドン五輪メドレーリレーで獲得した銀メダルを手に喜ぶ松田丈志さん(左から3人目。左から入江陵介、北島康介)
ロンドン五輪メドレーリレーで獲得した銀メダルを手に喜ぶ松田丈志さん(左から3人目。左から入江陵介、北島康介)

 第3泳者だった松田が、鮮明に記憶しているのは、第2泳者・北島の「顔」だ。ゴーグルもしており、表情の全てがうかがい知れるわけではない。それでもなお、北島の醸し出す勝負への執念が強烈に伝わってきた。

 「タイムを見る余裕はなかった。ただ、1位なのは分かっていた。スタート台に向かってくる鬼のような形相から、必死に頑張っているのが伝わってきた。その(顔の)映像は僕しか見ていない。最後の15メートルは忘れられない」

 第1泳者の入江は1位の米国に0秒34の僅差で北島につないだ。北島と争ったのは、米国の宿敵ハンセン。「クソ、足、引っ張れねえな」とキングの心に火が付いた。

 引き継ぎがあるとはいえ、この100メートルは58秒64。当時の自身の日本記録を大きく上回って首位に立った。松田は決して100メートルは得意ではなかったものの、北島の魂を受け継いだ。

 「一番プレッシャーがかかるところだった。(米国の)フェルプスには200メートルバタフライで勝てない悔しさもあったので、もう一回勝負してやる、と」

 浮き上がり、ターン。ピタッとはまった。逆転は許したが粘って1位と0秒26差。力を出し切って一時的に放心状態となりながらも、藤井に最後の声援を送った。

 リレーまでの短い間ではあるが、4人は常に行動をともにした。会場への往復、食事会場。ジャグジーにも一緒に入った。北島は落胆を抑え、明るく振る舞った。

 「康介さんは『お前らはいいよな、もうメダルあって!』って言うんですね。僕らは『いやいや、これから取りましょうよ!』って。自虐ネタで和ませて、いい空気を作ってくれた」

 当初、4人の目標は「メダルが取れればOK」。だがあるとき、藤井が「僕の計算では銀も狙えます」と切り出した。自分なりに各国のメンバーを予想し、シミュレーションしていたのだ。「マジか、じゃあ銀を狙おうぜ」。北島は藤井からレース直前まで引き継ぎのテクニックを教わっていた。4人の心は自然と一体となっていた。

 名セリフへの反響は大きく、北島は「丈志においしいところを持っていかれたな」と笑っていた、という。4年後のリオ五輪の800メートルリレーでは「丈志さんを手ぶらで帰せない」を合言葉に、日本は銅メダルを獲得した。松田の言葉は、競泳陣の結束の象徴として今も生きている。(太田 倫)=敬称略、おわり=

 ◆12年ロンドン大会の名場面 7月27日~8月12日。当地では1908年、1948年に続き3回目の開催(第2次大戦で中止の44年を含めると4回目)となった。日本勢はボクシング男子ミドル級で村田諒太が、日本勢48年ぶりの金メダル。体操男子では、内村航平が個人総合を初制覇したほか、団体総合と種目別床運動でも銀に輝いた。レスリング女子は吉田沙保里と伊調馨がともに3連覇を達成。柔道女子57キロ級を制した松本薫は「野獣」のあだ名で人気となった。前年のW杯で初の世界一となったサッカー女子「なでしこジャパン」も、澤穂希らを中心に銀メダルに輝いた。

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