ベーブ・ルースも感染していた「スペイン風邪」 その症状を伝えた記者もまた亡くなっていた

ベーブ・ルース(共同)
ベーブ・ルース(共同)
静岡草薙球場前にあるベーブ・ルース像
静岡草薙球場前にあるベーブ・ルース像

 1918年はインフルエンザのため全世界で約5000万人、米国だけでも67万5000人が死去。ベーブ・ルースも感染していた。

 通算714本塁打したルースもスペイン風邪と呼ばれたインフルエンザに感染していたと、米情報サイト「ジ・アスレティック」のラスティン・ドッド記者が「ベーブ・ルース、インフルエンザの流行と忘れられた野球記者」と題したコラムを書いた。

 それによると、1918年は第一次世界大戦中でもあったが、インフルエンザが世界的に大流行。全世界で約5000万人、米国だけでも67万5000人が亡くなったことで知られている。

 当時、レッドソックスに在籍していた後のホームラン王・ルースも5月にインフルエンザの症状に近いへんとう腺炎で5月に約10日間欠場したという。

 ドッド記者がスポットを当てたのは、インフルエンザで亡くなった当時、レッドソックスの本拠・ボストンの地元紙「ボストン・グローブ」のスポーツ記者として活躍していたエドワード・マーティン記者と夫人のデリアさんだ。1918年のワールドシリーズのわずか数週間後にデリア夫人が「スペイン風邪」に感染。そして、マーティン記者にもすぐ感染し、10月上旬、夫人死去の翌日に肺炎のため、34歳の若さで息を引き取った。夫妻はボストンだけでその年202人が亡くなったうちの2人だったという。

 有能なライターとして将来が嘱望されていたマーティン記者は同年5月27日付けのグローブ紙にルースに関する記事を執筆。それは欠場していたルースの健康に関する記事だった。

 体調不良の原因は扁桃炎だったが、40度の高熱を発していたというルース。しかし、まだ23歳だった彼は、驚異的な回復力を見せてグラウンドに戻り、この年メジャー史上唯一の「2ケタ勝利&本塁打」を記録。大スターへの道を歩み出した。

 当時はインフルエンザの大流行にも関わらず米大リーグのレギュラーシーズンは続行された。ただ、9月に早期開催されたワールドシリーズは大戦の影響だけでなく、バンデミックとなったインフルエンザの影響とも言われている。(蛭間 豊章=ベースボール・アナリスト)

ベーブ・ルース(共同)
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