“義足レスラー”谷津嘉章を誕生させた高木三四郎社長の華麗なる人脈…金曜8時のプロレスコラム

プロレス用義足を持ってファイティングポーズする谷津嘉章(左から2人目)左端はDDT高木三四郎社長、右端から川村義肢・川村慶社長、小畑祐介課長
プロレス用義足を持ってファイティングポーズする谷津嘉章(左から2人目)左端はDDT高木三四郎社長、右端から川村義肢・川村慶社長、小畑祐介課長

 糖尿病から右足を切断したプロレスラーの谷津嘉章(63)が20日、”義足レスラー“として東京・後楽園ホールのリングに立ち、再デビューあいさつを行う。DDTプロレス「Judgement2020~DDT旗揚げ23周年記念大会~」で右足切断から約10か月ぶりにリングでファンに雄姿を見せる。

 元五輪レジェンド、谷津嘉章は18日、東京・渋谷区のサイバーエージェント本社で会見を開き、日本初のプロレス用義足でリング復帰することを発表した。復帰戦の舞台はサイバーエージェント・藤田晋社長が実行委員長を務めるDDTプロレス年間最大のビッグマッチ「Wrestle Peter Pan 2020」(6月7日・さいたまスーパーアリーナ)に決まった。

 昨年6月2日のDDT愛媛大会以来、約10か月ぶりのリング復帰となる。持病の糖尿病から血管障害が起き、靴擦れから細菌が入って右足が壊疽(えそ)。DDT愛媛巡業から帰って診察を受けた時には切断という選択肢しかなかった。6月25日に切断手術を受けてから1年に満たない状態での復帰。さすがプロレスラー、としか言いようがない。

 レスリングで1976年モントリオール五輪8位、1980年モスクワ五輪では幻の代表だった谷津は、プロレスでは1988年にジャンボ鶴田さん(故人)との五輪コンビで世界タッグ王者に輝いたレジェンド。義足を付けてリハビリに励み、東京五輪の聖火ランナーに選ばれ、今月29日に栃木・足利市での聖火リレーに義足で参加して走る。

 復帰会見には、DDTプロレスの高木三四郎社長(50)が同席した。高木社長は大社長の異名通り、プロレス界再編のキーマンだ。武藤敬司会長(57)率いる「WRESTLE―1(レッスルワン、W―1)」のCEO(最高経営責任者)にもなったことがあり、自身が旗揚げした団体、DDTプロレスリングをサイバーエージェントに売り込み、さらに丸藤正道(40)との縁から、故・三沢光晴さんが創始したプロレスリング・ノアをもサイバーエージェントの傘下に入れ、自らがノアの社長に就任した。

 有刺鉄線電流爆破デスマッチの創始者で教祖と呼ばれた元参院議員の大仁田厚(62)とも連携し、有刺鉄線電流爆破デスマッチを若い世代に伝える「爆破甲子園」の実行委員長として、地方に電流爆破マッチを普及させようとしている。

 そして、今回、谷津のために日本初のプロレス用の義足を製作した。それに携わったのが川村義肢(本社・大阪大東市)という会社。実は、高木社長は、この川村義肢の川村慶社長(50)と、大阪の関西大倉高校時代の同級生だった。高木社長は柔道部、川村社長はアメリカンフットボール部でしのぎを削った青春時代があった(高木社長は駒大卒、川村社長は大体大卒)。

 レジェンドレスラーとして谷津をDDTで現役復帰させていた高木社長にとって、その参戦中に右足切断という不運にさいなまれた谷津の突然の不幸に、身を削るような苦しさを感じていた。入院中の谷津を見舞い、元気づけるという思いで、「プロレスに復帰してください」と励まし続けた。

 支援できる材料は何かないかと、探っていた時に思い当たったのが、川村義肢だった。同社は戦後、元軍人や戦争に巻き込まれた民間人などの間で義肢の需要が飛躍的に高まる時代背景の中で創業。義肢装具業界のリーディングカンパニー(業界日本一を意味する)として、高度な機構と肌に似た質感の人工皮膚を備えた高品質な義肢を製作してきた。Q.O.L.(クオリティ・オブ・ライフ)を企業理念として掲げており、Lifeとは「生命」「生活」「人生」の3つの意味があり、顧客の行動範囲が心身ともに拡大するようサポートすることを使命としている。

 高木社長は、同級生の川村社長と谷津を今年1月に引き合わせ、日本プロレス史上初のプロレス用義足の開発へと動いた。同社の義肢装具士・小畑祐介課長をプロレス用義肢開発の担当に任命し、谷津と信頼関係を築くことから始め、採寸、改良を重ねてついに日本プロレス史上初のプロレス用義足を完成させた。

 谷津は「去年6月25日に足をなくして、そのとき、こういう場が来るとは思わなかった。目標がなくて消失感がひどかった。20年の聖火ランナーの目標に向かって、自分なりにチャレンジしたいと思った。プロレスができるとは思わなかったけど、走る練習をしてるうちに『ひょっとしたらできるんじゃないか』と思うようになった。高木社長、川村社長に自分のわがままを聞いていただいて、プロレスができるという義足が開発されて合格点をいただいた」とうれしそうに話した。

 高木社長は「谷津さんには去年からDDTに出ていただいて、元々2020年は五輪イヤーでなにかしらのことをして、谷津さんに出場していただきたいと思っていて、去年7月の大田区(総合体育館)大会にも出場予定だったんです。手術されて、電話で話したんですけど、先の見えない不安な状況のなか、リハビリをされて、『プロレスのリングにもう1回上がってみたい』と。もし上がることができれば、DDTのリングに上がりたいと。何かできることはないだろうかと思って、高校の同級生の川村社長に相談しました。ランニング用とか競技用の義足はあるんですが、プロレス用は初めて。6月7日、さいたまスーパーアリーナ、最高の舞台を用意させていただいて、この場をもうけて、ハンディを持ってる方にも勇気を与えてほしい」と力説した。

 川村社長は「谷津さんはハートの強い人なんで、いけるんじゃないかと。やってみましょうと。やってみないとわからない。もともと障害ある方の人生、生活に合わせた義足、スポーツ選手用もあったんですが、プロレスはエンターテインメント的な部分もあるし、できるかなと思ったんですが、プロレスの動きに対応したものができました」と説明した。

 会見ではプロレス用の義足を装着して、リングで練習する谷津の姿が映像で流されたが、ロープワークを始め、得意技であるパワースラム、ブルドッキングヘッドロック、監獄固めもスムーズに出していた。このプロレス用の義足は今後も改良されていくという。

 今月29日に、谷津は東京五輪の聖火ランナーとして、栃木・足利市を走る予定。国内最大級のクラウドファンディングプラットフォーム「Makuake」で、「何度でも立ち上がる!プロレスラー谷津嘉章応援プロジェクト『義足の青春』」が開設され、活動支援金を募ることも決まった。

 プロレス復帰戦のカードは未定だが、谷津は「6月7日までの間に、左足で支えなきゃいけないから、左足を強化しないと、美しい試合はできない。今日自分が着けているのは実生活用で、ランニング用と3種類の義足がある。こなさないと乗り越えられない。障害者でハンディ持ってるから、相手も遠慮があるかもしれない。ましてや年下ばかり。遠慮されると、谷津のためにならないし、お客さんにもわかっちゃう。(相手は)手加減するなよ。オリャ!」と気合を入れた。

 海外マットでは米WWEに所属し、大日本プロレス、全日本にも参戦したザック・ゴーウェンや、ケリー・フォン・エリックの例がある。日本プロレス界で、“義足レスラー“は史上初となる。

 谷津の復帰舞台となる6月7日のさいたまスーパーアリーナ大会には、谷津の他、ゲスト選手として、ケニー・オメガ(AEW)、丸藤正道(ノア)、里村明衣子(仙女)、CIMA(OWE)、T‐Hawk(同)、エル・リンダマン(同)、クロちゃん(安田大サーカス)が参戦することも決まった。

 会見後、高木社長と川村社長に、私も同い年の大阪人であることを明かした。「そうだったんですか。同じにおいを感じてました」と返された。こうやって人を取り込んで、人脈を築いていくんだなと思った。大社長と呼ばれる高木三四郎の処世術の一端を感じずにはいられなかった。(酒井 隆之)

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