高山勝成がプロ再転向「五輪挑戦に後悔はない」

プロ復帰を表明し、元世界王者の石田会長(左)と握手する高山勝成
プロ復帰を表明し、元世界王者の石田会長(左)と握手する高山勝成

 プロボクシング主要4団体の元世界ミニマム級(47・6キロ以下)王者で、アマに転向して東京五輪予選に挑戦した高山勝成(36)が10日、代理人の岡筋泰之弁護士を通じ、再びプロに復帰することを発表した。新型コロナウイルス感染拡大の影響から会見は行わず、新所属先の大阪・寝屋川石田ジムから電話対応。今後はライトフライ級(48・9キロ以下)で2階級制覇を目指すと表明した。プロを統括する日本ボクシングコミッション(JBC)、アマを統括する日本ボクシング連盟とも幹部が高山のプロ復帰に理解を示した。

 東京五輪行きの可能性が消えた昨夏から半年。2月から本格的に練習を再開している高山は「五輪挑戦に後悔はない。自問自答して、またプロで挑戦したいと思った」と明かし、今後について「一発勝負ならミニマム級でも体重を落とせるが、現状はライトフライ級が適正。2階級制覇を目指す」と新たな目標を見据えた。

 プロ→アマ→プロの道を歩むボクサーは日本初。プロ側のJBCの安河内剛事務局長はプロライセンス再発行へ「前例がなく、現時点でルール自体がない。高山選手から書面が届いた時点で協議する」とした上で、「(海外転戦やアマ転向と)パイオニアとして戦い続けてきた彼がいい加減な気持ちで(プロ復帰を)言っているとは思わない。競技を続けたい気持ちは受け止めたい」と尊重した。

 また、アマ側の日本ボクシング連盟・菊池浩吉副会長も「特に問題はない」とし、「プロ側との取り決めで、高山選手はもうアマ側には戻れない」と転向は2度までと説明。日本のプロ世界王者で初めてアマに転向した高山を「プロ側とアマ側との話し合いやルール作りが必要だと一石を投じてくれた選手」と評価。両者とも高山の決断を受け入れる反応だった。

 高山と同じく元世界王者の石田順裕会長(44)は「高山が最後思い残すことなくボクシングをやり切れるようサポートしていく」と約束。新型コロナの動向も注視しながら、高山はJBCの規定に合わせて定年延長の対象外とならないように、37歳となる5月12日の誕生日前日までに2度目の“プロデビュー戦”出場へ準備する。(田村 龍一)

 ◆高山に聞く

 ―プロ復帰を決めたのは。

 「熟考し、プロでやり残したことがあると思った」

 ―それは何か。

 「ミニマム級では世界4団体王座(WBC、WBA暫定、IBF、WBO)を獲得したが、WBAの正規王座だけがない。ライトフライ級で獲得したい」

 ―そのWBA同級はスーパー王者に同じ日本人の京口紘人(ワタナベ)がいる。

 「その前に、まず自分は挑戦できる位置まで勝ち上がらないといけない」

 ―あと何年ボクシングを続ける予定か。

 「2年ぐらい。ずるずるやるつもりはない」

 ―4月からは(33歳で入学した)名古屋産大4年生。将来の教員志望は継続か。

 「留年も覚悟。教員にはなりたい。ただ、今はボクシングを最優先させたい」

 ◆高山のパイオニア人生

 ▼2009年11月 当時日本非公認だったIBFとWBOの王座獲得を目指し、JBCに引退届を提出。日本を飛び出して海外転戦。

 ▼13年3月 IBF世界ミニマム級王座3度目の挑戦。敵地メキシコでマリオ・ロドリゲスに判定勝ちし、平仲明信以来21年ぶり海外世界奪取に成功。翌4月に日本がIBF、WBO公認。

 ▼17年4月 現役WBOミニマム級王者でプロ引退とアマ転向、東京五輪を目指すことを表明。当時の日本連盟・山根明会長からアマ入りを断固拒否されるが、その後、署名活動やスポーツ仲裁申し立てなどで主張。

 ▼18年10月 山根氏が失脚後、同連盟の新体制からアマ選手登録を認められる。

 ▼19年7月 日本人の元プロ世界王者で初めてアマのリングに立ち、全日本選手権・愛知県選考会フライ級で優勝。

 ▼同8月 同・東海予選で敗れて東京五輪出場の可能性が消滅。引退を表明。

スポーツ

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS ショップ報知 マガジン報知 バックナンバー申し込み 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真販売 法人向け紙面・写真使用申請