青学大の吉田祐也がGMOで競技続行…箱根4区区間新、マラソン日本学生歴代2位

競技を続行する青学大・吉田祐也
競技を続行する青学大・吉田祐也

 今年の箱根駅伝4区(1月2日)で区間新記録をマークし、さらに別府大分毎日マラソン(2月2日)では日本学生歴代2位の2時間8分30秒と好走した青学大の吉田祐也(4年)が卒業後、GMOインターネットグループ(以下GMO)で競技を続行することが8日、分かった。当初、吉田は大学卒業を区切りに競技の第一線から離れる意向で大手食品メーカーのブルボンから就職内定を得ていたが、箱根駅伝と別大マラソンで快走したことにより、ランナーとして自身の可能性を追求することを決意。家族や青学大の原晋監督(53)らと話し合い、ブルボンに対して丁重に内定辞退を申し入れた上で、原監督がアドバイザーを務めるGMOで競技を続ける意思を固めた。9日にも正式発表される。

 青学大2、3年時にはチーム11番手で、あと一歩で箱根駅伝出場を逃した吉田は、万感の思いを込めて、最初で最後の大舞台に挑んだ。主要区間の4区(20・9キロ)に出走し、学生NO1ランナーの東洋大・相沢晃(4年)が前回大会でマークした1時間54秒の区間記録を24秒更新する1時間30秒で走破。チームを首位に導き、2年ぶり5度目の総合優勝の立役者となった。

 そのちょうど1か月後に行われた別大マラソンで、さらなる快走を見せた。フルマラソン初挑戦ながら、序盤から冷静にレースを進めると、残り3キロでトップに立つ積極果敢な走りで、2時間8分30秒で日本人トップの3位となった。2003年びわ湖で中大の藤原正和(現監督)がマークした2時間8分12秒の日本学生マラソン記録&初マラソン日本記録には及ばなかったが、いずれも歴代2位の好記録だった。

 堂々たるレースはもちろん、レース後の態度も注目された。日本陸連長距離・マラソン強化戦略プロジェクトの瀬古利彦リーダー(63)と異例の同席会見が実現した。席上、瀬古リーダーは「吉田君は2024年パリ五輪に向けて戦力になる。競技を辞めないでほしい」と次世代のマラソン代表候補の吉田に“ラブコール”を送った。瀬古リーダーが続けて「でも、マラソンをなめてはいけないよ」とアドバイスすると、吉田は「なめていません」ときっぱりと即答した。

 当初、大学卒業後は競技の第一線から離れるつもりで、昨年、ブルボンから内定を得たが、箱根駅伝後に「別大マラソンで自分の可能性を見極めたいと思っています」と進路について再考する考えを明かしていた。別大マラソン後に家族、原監督らと相談し、最終的に自身の意思で競技続行を決断。ブルボンに丁重に内定辞退を申し入れた。その後、吉田の実力を高く評価したGMOに進む意思を固めた。

 GMOは世界で戦うNO1アスリートの育成を目指し、2016年に創設。1996年アトランタ五輪と2000年シドニー五輪のトラック長距離代表の花田勝彦監督(49)が率いる。昨年9月の五輪代表選考会マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)5位で東京五輪男子マラソン代表補欠になった橋本崚(26)=GMO=をはじめ、東京マラソン(1日)で2時間7分27秒で日本人7位の下田裕太(23)、2時間7分39秒で同9位の一色恭志(25)ら実力派の青学大の先輩が在籍。ほかにも1学年先輩の森田歩希(23)、林奎介(23)ら有望若手選手が所属しており、恵まれた競技環境が整っている。また、GMOが吉田の出身地の埼玉・東松山市を練習拠点としている縁もGMO入りに気持ちが傾くきっかけとなった。

 豊富な練習量を誇る青学大の中でも「吉田祐也は最も練習量が多い」と原監督は証言する。箱根駅伝と別大マラソンで証明された実力に加え、冷静沈着な性格の吉田はマラソンランナーとして未知数の可能性を持つ。2020年4月から箱根の山より遙かに高い山の頂を目指し、走り続ける。

 ◆吉田 祐也(よしだ・ゆうや)1997年4月23日、埼玉・東松山市生まれ。22歳。東松山市立東中1年時から陸上を始める。2016年に東農大三高から青学大教育人間科学部に入学。3年時に日本学生対校1万メートルで日本人トップの3位、全日本大学駅伝5区区間賞。1万メートルの自己ベストは28分42秒58。164センチ、47キロ。

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