ラッシャー木村の「こんばんは」、小川直也の「目を覚ましてください」などプロレスラーの言葉をプロ文研はどう邪推したか…金曜8時のプロレスコラム

プロレス文化研究会の岡村正史氏(左)と井上章一教授
プロレス文化研究会の岡村正史氏(左)と井上章一教授

 初のプロレス本「プロレスまみれ」(宝島社新書、825円)を出版したばかりの国際日本文化研究センター・井上章一教授(65)が世話人を務めるプロレス文化研究会(プロ文研)を22日にのぞいてきた。同じく世話人のエッセイスト・岡村正史氏(65)が「『プロレス』という文化 興行・メディア・社会現象」(ミネルヴァ書房)を出版した時にこのコラムで紹介したことがあるが、一度も参加したことがなかった。

 22年の歴史があるプロ文研は、世話人の両氏の年齢と同じ65回の記念会だった。そして「プロレスまみれ」出版後初の開催。何よりもテーマが「言葉とプロレス」だったことが私を突き動かした。「ラッシャー木村の『こんばんは』、長州力の『かませ犬』、プロレスラーのひとことは、局面を大きくかえることがあります。そうした事例を、みなさんといっしょに、さがしたい」井上氏のメッセージに興味をそそられた。

 会場となった京都市木屋町のバー「八文字屋」は、酒がずらりと並び、本とレコードが散乱している独特すぎる雰囲気。まさに意を決して踏み込むのにふさわしい場所だった。入った時に両世話人は着いておらず、店主で写真家の甲斐扶佐義さんに出迎えられた。「前の店が火事になったから、ここでやってるんですよ」前の店とは同志社大(今出川キャンパス)近くの名物店「ほんやら洞」のことで、フォーク歌手の岡林信康さんらが開業した店だが、2015年に全焼していた。

 ただならぬ情念がこもるバーでの研究会。井上氏と会うのは28年ぶりだった。休刊した「週刊ファイト」(新大阪新聞社発行)の井上義啓編集長(故人)が1992年に編集長を退任する時に、有志で開いたささやかな「喫茶店トーク会」以来だった。

 会費はなくワンドリンク制とカンパ。お酒を注文する人もいたが、甲斐オーナーがすすめるチャイにした。30人弱で席は埋まり、井上氏と岡村氏が話し始めた。井上氏は、自身のベストセラー「京都嫌い」(朝日新書)でも書きつづった京都人の特権意識を嘲笑するネタで聴衆を引きつけ、岡村氏の専門分野である力道山と戦後の大衆文化へと導いた。

 そして本題の「言葉とプロレス」は40分が経過したあたりから。

 1999年1月4日の東京ドーム大会での言葉だ。「小川直也が橋本真也をグロッギー状態にしました。その時、マイクを持って『新日本プロレスファンの皆様、目を覚ましてください』と…。最近、ももいろクローバーZが『アイドルファンの皆様、目を覚ましてください』というのを売り文句にしてはるので、そことのつながりで、私の中の記憶が増幅されているかもしれませんが」と井上氏は持論を展開した。

 「1999年段階で私はかなり目を覚ましていましたが、新日のリングの上でこの発言が通るんだよということに、すごくヒリヒリする感情を抱きました。新日本プロレスにとっては困った発言だったかもしれない。この発言をした小川を当時、(新日本プロレスは)干さなかった。この困った発言が後々の視聴率を生むという、これがプロレスの奥深いところですね」

 「視聴率さえ上がれば、極端に言えば何をやってもいい。その延長線上にテレビ朝日が作った『橋本真也負けたら引退』(橋本真也34歳小川直也に負けたら即引退!スペシャル)という興行(番組)があったと思います。言葉が一人歩きし、その言葉が団体運営、テレビの中継そのものを変えていく力を持っていたんだということが、私の中で大きな思い出になっています」

 1981年9月23日、新日本プロレスの田園コロシアム大会に乗り込んだラッシャー木村が「こんばんは」と言って失笑を買った“こんばんは事件”について、井上氏は「あのとき、もしラッシャー木村がリングの上で『猪木の延髄(斬り)はおかしい(効かない)ですよ』と一言でも言っておけば、言っちゃいけないんだけども、木村の商品価値を上げることになり得たと思います。でも木村にはその度胸はなかったんでしょうね。そう言っておいた方が、アントニオ猪木に『こいつは使い出がある。おいしいやつやな』と思ってもらったんじゃないかな」

 「新日本プロレスでは自己紹介で失敗しましたが、その失敗を全日本へ行って生かした。馬場に向かって『兄貴』と言う。場内ではマイクコールが起こりました。試合を見に来たんと違う。試合が終わった後のラッシャー木村のマイクを聞きに来た。渕に対して『渕、はよ結婚せぇ』という、プロレスと何の関係があるんやという、あのマイクの方が人の気持ちを引きつけたような気がします」

 岡村氏は、2020年の年間テーマとして「邪推派プロレス宣言」を掲げた。開演前に「邪推派プロレスという言葉はいつごろから使ってるんですか」と聞くと岡村氏は「今回が旗揚げ記念日です。井上さんこそ邪推派なんです」と話した。振られた井上氏は「そうなんですか」と首をかしげたが、岡村氏の定義はこうだ。「プロレスというジャンルは想像力を働かせて楽しむエンターテインメントである限りは、いくら取材を尽くしてもたどり着けない領域がある。だから邪推派が活躍する余地がある」プロ文研の存在意義はこれだった。

 フリーディスカッションでは、オカダ・カズチカの「アントニオ猪木」発言やWWEのリアルとエンタメの境界線など、参加者が待ってましたとばかりに独自の邪推を披露し、どんどん広がっていった。昭和プロレス研究室や京都プロレス美術館を運営している人もいて、かなりレベルの高い邪推ディベートが展開された。

 言い当てている邪推もあったし、ファンタジーとも言える見事な邪推もあった。そこに乗っかっていきたかったが、冒頭で「取材に来た」という仁義を切っていたことを後悔した。記者の立場として無責任な邪推を言葉にするわけにはいかない。業界を取材しているからといって、”答え合わせ“のようなことをしてしまうのは無粋というものだ。プロレスファンだという宝島社の編集者もさすがに押し黙っていた。

 デスク業務に戻らねばならず2時間で中座したが、研究会は3時間半続き、さらに酒が入る二次会になだれ込んだという。ああ、肩書きを外して、酒を飲みながら語り合いたいと思った。スパイシーなチャイが心にしみた空間だった。(酒井 隆之)

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