【五輪の深層】選手村が本当の我が家になる…ソウルから支え続け32年の組織委参与・上治丈太郎氏

選手村の完成イメージ(五輪組織委HPより)
選手村の完成イメージ(五輪組織委HPより)

 13年9月7日のブエノスアイレスのIOC総会での東京五輪招致のプレゼンテーションでは、キーコンセプトとして選手村を「第二の我が家」にすると約束した。

 場所は競技会場が集中する有明、お台場にほど近い中央区晴海5丁目。東京ドーム約9個分となる44ヘクタールの広さで三方を海に囲まれている。選手村は居住ゾーンとビレッジプラザから成り、ライセンス商品の売店、日用雑貨、郵便局、銀行、ヘアサロン、クリーニング店、リラックスルームなどが充実。中でもメインダイニングは24時間いつでも食べることができ、毎日4万食以上を提供する。大陸別の料理、ホスト国の料理など、毎日のメニューが楽しみだ。

 08年北京大会では各国が中国の食材に不安を持っていた。各NOCは肥料や農薬でドーピング違反にならないか、異常な成長ホルモンが混入されていないか、と警戒した。最終的には中国政府が保証するとして収まった。今や海外のどこにいっても寿司(すし)は大変好評であるが、寿司ネタの生ものは食中毒やウイルスに十分注意しなければいけないし、宗教上食べられない食材も考慮しなければならない。このような背景から、アルコール類や生鮮食材の持ち込みは禁止されている。

 食事と同様、いかにリラックスし快眠できるかも重要だ。今回は2メートル以上のビッグサイズのベッドも備え、個室タイプや寝室がいくつもある間取りもある。元々、選手村は88年ソウル大会までは男女棟が別々であったが、いくら壁があっても進入する強者(つわもの)がいるためか、今では男女が同じ棟に入居。時にはその中でラブストーリーが生まれ、結婚にまで至るというケースもあると聞く。

 棟ごとに対立関係の国を離したり、格別の配慮もなされる。移動に時間をかけないため出入り口や、食堂に近い場所などなど、各NOCからの要望は多い。全てを満足させるのは大変な作業である。80年モスクワ大会、84年ロス大会での東西のボイコットを経て、ソウル大会ではほぼ大国が出そろったが、今度は北朝鮮の不参加があった。当時選手村のトレーニングセンターの運営をスポンサーしていた我々ミズノも、テロ対策として大型犬まで導入し、あらゆる妨害に対して訓練を行っていた。

 64年東京大会の選手村は国立オリンピック記念青少年総合センターとして生まれ変わった。冬季でいえば、札幌や長野の選手村も集合住宅として活用されている。今回の東京大会後、選手村は晴海フラッグの名称となり、1万2000人が居住する高級マンション群へと変貌する。いずれも持続可能なレガシーとなるのだ。

 選手たちには戦いへ向けて最高の調整の場として、また、楽しい思い出作りの場になることを願っている。7月14日の開村式から連日、206ものNOCや難民選手団をお迎えする。川淵三郎村長、上村春樹村長代行、小谷実可子、富山英明両副村長を中心に、素晴らしい「おもてなし」で、第二といわず、本当の我が家と思っていただけることを確信している。

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