【ザ・馬術】明大で全日本学生馬術選手権3連覇 JRA久保田貴士調教師「子どもたちが興味を持つことで競馬の世界にも広がる」

学生時代は馬術のトップ選手だった久保田調教師
学生時代は馬術のトップ選手だった久保田調教師

 G1・2勝のマリアライトを育て、JRA通算400勝超えの久保田貴士調教師(52)=美浦=は、明治大学馬術部出身。学生時代は全日本学生馬術選手権で3連覇するなど活躍し、オリンピックも意識したが、JRA調教師だった父を追って競馬界に転身した。東京五輪での日本のメダル獲得はもちろん、国内開催だからこその馬術の振興、競馬への波及効果も期待した。

 JRAの調教師として通算407勝を挙げ、中堅として活躍している久保田師。馬術にも深い縁を持っている。

 父・敏夫さんがJRAの調教師をしていたため、茨城・美浦トレセンが開業となった78年に、府中から美浦に移り住んだ。それまでは野球少年だった久保田師だが、これをきっかけに馬術の世界に飛び込んだ。

 「野球はボールが当たると痛いし…。馬に乗った方が楽だろうな」という簡単な気持ちだったが、いざ乗ってみると「障害を飛んだりするのが楽しくて…」と魅力にとりつかれていった。みるみるうちに実力をつけ、茨城県立江戸崎西高(当時)3年の時には国体で優勝し、明治大学に推薦で入学するまでにパワーアップ。明大では2年から4年までの3年間、全日本学生馬術選手権の個人の部を制覇するなど、トップレベルで活躍したのだ。

 久保田師は馬術の魅力をこう語る。「動物が相手。自分のコンディションだけでなく、馬のコンディションも大事。それにオリンピックの第1回からあるじゃないですか。歴史がある。男女区別がなく一緒に競技をする。体格、年も関係ないんです」

 久保田師自身、大学時代にオリンピックを意識したという。それでも父が競馬の道を勧めるのと同時に、自分では「オリンピックに行っても優勝するのは夢の話」。そう思って大学で競技を引退することを決断した。

 当時をそう振り返るが、今の日本馬術界には大きな期待を持っている。「ヨーロッパを主戦場にして各地を転戦していて競技を続けているので、人馬のレベルが上がっています。陸続きなので、馬の体調管理もしやすいんですよ」とメダル獲得も夢ではないという。

 今回は地元で行われる平和の祭典。「まだメジャーではないですけど、これをきっかけに始める子供たちが出て、馬の文化が広まってくれれば。その子たちが、競馬の世界にも来るかもしれませんよね」と底辺の拡大を期待する。

 「充実していましたね」と振り返る久保田師の馬術人生から、現在の競馬人としての生活。「馬の操作性や体の使い方など基礎は一緒。競馬の仕事に生かせているのが良かったですね。馬術をやっていて良かったです」(春木 宏夫)

 ◆久保田 貴士(くぼた・たかし)1967年9月17日、茨城県出身。52歳。明治大学で馬術部に在籍し、87~89年に全日本学生馬術選手権大会で優勝。全日本学生馬術三大大会では、87年の障害馬術で優勝、88、89年に馬場馬術と総合馬術で優勝するなど活躍。88年には世界大学馬術選手権大会にも出場した。卒業後は英国の厩舎での研修を経て、92年に美浦で厩務員としてスタート。93年に調教助手。03年に美浦で厩舎を開業。JRA通算407勝(23日終了時点)。重賞は15年エリザベス女王杯、16年宝塚記念(いずれもマリアライト)などG1・2勝を含む7勝。

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