72歳・タイガー戸口が心臓手術から蘇生し「元気が出れば戻ります」と現役復帰宣言…金曜8時のプロレスコラム

心臓手術からの復活を祈念するジミー鈴木氏(前列中央)とタイガー戸口(同右)(カメラ・山内 猛)
心臓手術からの復活を祈念するジミー鈴木氏(前列中央)とタイガー戸口(同右)(カメラ・山内 猛)

 キム・ドクこと、プロレスラーのタイガー戸口(72)が20日に東京・新木場1stリングで開催されたTCW(東京チャンピオンシップ・レスリング)の「タイガー戸口心臓手術チャリティー興行」のリングに上がり、健在ぶりを超満員札止めの284人の観衆に見せつけた。

 TCWはプロレス国際ジャーナリストのジミー鈴木氏がプロデュースする団体で、この日のメインイベントでは、元UFC王者のダン・スバーン(61)=米国=と元パンクラス王者・船木誠勝(50)=フリー=が初対決という豪華カードが組まれ、会場はフルハウス。

 材木倉庫のような新木場1stリングのキャパシティーではもったいないカードだったが、かつてはこの会場では、”仮面貴族“ミル・マスカラスや”黒い呪術師“アブドーラ・ザ・ブッチャーも登場しており、プロレスファンにとっては辺境ながらも”桃源郷“となっている。

 ダン・スバーンと船木誠勝のシングルマッチは、TCW格闘技ルール(3カウント&リングアウト無し、5分3ラウンド)として行われ、キック、関節技、スープレックスの応酬の末、3回フルラウンド戦って引き分けに終わったが、今回の興行はタイトルにもあるように、タイガー戸口が陰の主役だった。

 タイガー戸口は、日本プロレスから米国武者修行を経て、キム・ドクとして大木金太郎(キム・イル)との韓国師弟コンビを結成。1976年に全日本プロレスのジャイアント馬場、ジャンボ鶴田の師弟コンビを撃破し、インタータッグ王者に輝いた。その後、タイガー戸口として、馬場、鶴田に次ぐ第3の男として、全日本プロレス入りしたが、1981年に新日本プロレスに電撃移籍。アントニオ猪木との田園コロシアム決戦や、キラー・カーンとのタッグで1982年MSGタッグリーグ戦準優勝など”黄金時代の名脇役“だった。

 現役時代と同じ公称193センチ、125キロというサイズは、サバ読みどころか、もっとあるんじゃないかというデカさ。72歳の戸口は心臓病を患い「心房細動」と診断された。渡米しての手術を決意し、「これが最後の試合になるかもしれない」と昨年9月19日のTCW新宿FACE大会に出場した。実はこの時の興行のタイトルは「ジミー鈴木心臓手術チャリティー興行」で、8月に心臓にペースメーカーを入れる手術を行ったばかりのジミー鈴木氏の応援興行だった。

 ジミー鈴木氏の復活を祝って、同じ病気に苦しんでいる戸口は、不整脈を押して橋本友彦、HASHINOSUKEとタッグを結成し、加藤茂郎、千葉智招、レザーフェイス組との6人タッグマッチに出場。試合は10分30秒、戸口がフライング・ネックブリーカーからの体固めでレザーフェイスにフォール勝ちした。そして、試合後に心臓病を観衆に告白した。

 今回はジミー鈴木氏が「タイガー戸口心臓手術チャリティー興行」と銘打っての返礼興行となった。戸口は、昨年12月に米国オハイオ州クリーブランドの専門医で精密検査を受けて、即入院。カテーテル手術を受け、病室でクリスマスを過ごした。医師からは「いつ倒れるかわからないのでプロレスは引退してください」と通告された。

 セミファイナルのユナイテッドステーツ・タッグ選手権試合3WAYマッチに挑戦者組の宮本和志、橋之介組のwithマネジャーとして登場。宮本組は戸口の援軍もむなしく、王者組のヒートシーカーズ(シグモン&エリオット・ラッセル)に敗れた。

 全試合終了後にジミー鈴木氏が戸口へのチャリティー支援を訴えて、全出場選手、そして戸口と一緒に拳を天に突き上げた。試合がなかったとはいえ、リングに上がって血圧が上がっただろうなと思って、翌日に戸口に電話した。すると「今、韓国にいるんです。試合は少しの小休止です。元気が出ればリングに戻りますよ」と返ってきた。試合翌日に渡韓するなんて、元気すぎる。マスカラス(77)、ブッチャー(79)がそうであるように、新木場のリングは、まさにプロレスラーを不老不死の道に導く桃源郷なのだなと思った。(酒井 隆之)

 ◆タイガー戸口(たいがー・とぐち) 本名・戸口正徳。1948年2月7日、東京都葛飾区生まれ。72歳。韓国出身の力士・龍錦を父に持つ在日韓国人2世。修徳高で柔道を始め、将来の五輪候補として期待されたが、卒業後の67年に日本プロレス入り。72年に渡米。大型ヒール「キム・ドク」として才能を開花させ、アメリカン・ドリームを手にする。ジャイアント馬場に招かれ、76年から全日本プロレスに参戦。ジャンボ鶴田に続くナンバー3として活躍。81年に、新日本プロレスに移籍。キラー・カーンとのタッグで1982年MSGタッグリーグ戦準優勝。長州力の維新軍団に加入も84年に離脱。再渡米して、WWF(現WWE)に参戦した。タイガー・チャン・リーとしてハルク・ホーガンと抗争し、現大統領のドナルド・トランプ氏ら交友関係を広げた。88年公開のアーノルド・シュワルツェネッガー主演映画「レッドブル」などにも出演。2018年2月16日の「PRO―WRESTLING MASTERS」後楽園ホール大会で本格復帰し、同年6月10日にはプロレスリングA‐TEAM北千住大会で70歳にしてWEWヘビー級王者となった。

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