【箱根への道】史上初?沿道沸かせた広報車の誕生秘話…声の主は山梨学院大・上田監督

上田監督(左)はじめ、チームワーク抜群の広報車スタッフが第96回箱根駅伝を文字通りリードした(写真提供・上田監督)
上田監督(左)はじめ、チームワーク抜群の広報車スタッフが第96回箱根駅伝を文字通りリードした(写真提供・上田監督)

 青学大が大会新記録で王座を奪還し、7区間で区間新記録が生まれた第96回箱根駅伝。史上最速となった100周年の大会で、ひそかな話題となったのが広報車の軽快なアナウンスだった。関東学生陸上競技連盟(関東学連)の駅伝対策委員長を務める山梨学院大の上田誠仁監督(61)が先頭ランナーの約5分前を走る広報車から選手、沿道のファン、交通整理の警察や学生に配慮した呼びかけを行い、箱根路を沸かせると同時に円滑な大会運営に尽力した。テレビに映らなかった上田氏の奮闘に迫った。

 超高速レースが展開された箱根路に軽妙軽快なアナウンスが鳴り響いた。

 『小旗は頭上に持つだけで、振らないでください。振りたくなる気持ちは分かります。しかし、振ってしまうと、あなたの声が選手に届きません。小旗の音が選手の脳裏に残ります。振らなければ、あなたの声が選手の脳裏に焼き付きます。どちらが良いでしょうか。そうです。旗を振らないで声をかけることが一番、良い方法です。皆さん、箱根駅伝通だと思います。よろしくお願いします』

 声の主は山梨学院大の上田監督。第96回箱根駅伝は予選会で17位と敗れ、34年ぶりに本戦出場を逃したこともあり、大会を主催する関東学連の駅伝対策委員長として広報車の担当を務めた。

 広報車は先頭ランナーの約5分前を走り、沿道のファンに選手が近づいていることを知らせる。あらかじめ録音された音声がスピーカーで流される機械が完備されているが、今回、上田氏は初の試みとして1区の5キロ地点で『とても速いペースでレースは始まっています。応援よろしくお願いします』とアドリブでアナウンスした。「沿道のファンの反応がすごく良かった」。手応えをつかんだ上田氏は、出場チーム用の運営管理車に33回も乗った経験を生かし、選手と同じ時速20キロのスピードを考慮しながら、往路、復路計200キロ以上も沿道のファンと関係者に温かい声をかけ続けた。

 「運営管理車に乗っている時、一番、脳裏に残っているのはバサバサバサという小旗の音です。小旗の音で監督の指示が聞こえなかったという選手も多い。小旗を振ってくれることはありがたいことですが、小旗は持ってくれているだけで十分です。生の声援の方が選手の力になるんです」と力説した。「小旗を振るより声援を」のほかにも多くの名アナウンスが生まれた。主な“上田節”を紹介する。

 『警視庁、神奈川県警の皆さま、交通整理、ありがとうございます。箱根駅伝100年の歴史は警視庁、神奈川県警と共に歩んでまいりました。これからもよろしくお願いします』

 このアナウンスについて上田氏は「箱根駅伝は警察の協力なくして成り立たない。感謝の気持ちを伝えたら、多くの警察官の方々が敬礼で応えてくれた。ありがたいことです」と神妙な表情で語った。

 先輩の応援のために沿道に駆けつけたとおぼしきジャージー姿の高校生集団には熱く訴えた。

 『数年後、いや、早ければ来年、君たちが箱根駅伝を走っているかもしれない。自分が走っている姿を想像しながら応援してください』

 沿道の交通整理は警官や警備会社に加え、予選会で敗れた大学の選手も行う。

 『沿道の皆さまの前にいる黄色のコートを着た走路員の学生は来年、箱根駅伝を走っているかもしれません。ぜひ、彼らの指示を聞いて、彼らにも温かい声をかけてください』

 レースが終わった後、ゴールの大手町に黄色のコートを着た見知らぬ学生が駆け寄り「励みになりました。ありがとうございました」と頭を下げたという。「こちらも本当にうれしかった」と上田氏は笑顔で話した。

 大会の盛り上げと円滑な大会運営が見事に両立。上田氏は100周年の箱根駅伝で新しい試みを成功させた。「山梨学院大が出られなかったことは悔しく、残念でしたが、関東学連の一員としてできることを全力でやりました。広報車に乗って、箱根駅伝は本当に多くの人々によって支えられていることを改めて実感しました」と静かに大会を振り返った。

 来年の97回大会。山梨学院大が無事に本戦復帰を果たせば、上田氏は飯島理彰・駅伝監督(48)率いるチームをサポートするため、広報車に乗る可能性は低いという。山梨学院大の上田監督か、関東学連の上田委員長か。いずれにしても「上田誠仁」は全力で箱根への道を走り続ける。(竹内 達朗)

 ◆取材後記

 箱根駅伝の広報車は先頭ランナーの5分前(距離にして約1.7キロ前)を走る車と最後尾ランナーの約30メートル後ろを走る車がある。最後尾車は「ただ今、最後のランナーが通過しました。応援ありがとうございました」というアナウンスを続ける。東洋大の低迷期の選手だった私は3年時、最下位でタスキを受け、最下位でタスキを渡した。つまり、最後尾車のアナウンスを1時間以上も聞きながら走った。つらかった。ただ、最下位を走るということは、そのチームと選手の責任。不服があるわけではなく、むしろ、サポートに感謝している。

 今回、上田監督を取材している時、小旗が振られる音が脳裏によみがえった。「バサ、バサ、バサ」という小旗の音は最後尾車のアナウンスより大きな音量だった。最下位ランナーにも多くの人が小旗を振ってくれていたことを実感する。

 小旗の音も、それはそれで、うれしい思い出であるが、もし大学名や名前の声援があれば、もっとうれしかったかもしれない。「小旗を振るより声援を」。上田監督が言う通りだと思った。(箱根駅伝担当・竹内 達朗)

 ◆上田 誠仁(うえだ・まさひと)1959年1月9日、香川・善通寺市生まれ。61歳。77年、尽誠学園から順大に入学。箱根駅伝は2年5区1位、3年5区1位、4年5区2位。81年に卒業後、香川県で教員を務め、85年に山梨学院大監督に就任。87年、箱根駅伝初出場に導き、92、94、95年に優勝。2016年は次男・健太(現日立物流)と大会史上初めて監督と選手の父子鷹に。19年、飯島理彰コーチが駅伝監督に昇格し、自身は陸上部全体の監督に就任。14年から関東学連の駅伝対策委員長。

スポーツ

報知ブログ(最新更新分)

一覧へ
NEWS読売・報知 モバイルGIANTS ショップ報知 マガジン報知 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真販売 法人向け紙面・写真使用申請