1を教えて9気付かせた 社会人野球にも“ノムラの教え”脈々…野村克也さん死去

ノートを手に選手に指導するシダックス・野村監督(右)
ノートを手に選手に指導するシダックス・野村監督(右)

 2002年11月、野村氏は親交のあるシダックスの志太勤会長(現最高顧問)からオファーを受け、社会人野球の世界に身を投じた。

 「社会人野球の広告塔になれれば」との意気込む通り、メディアは知将のチャレンジを追いかけ、同年の都市対抗1回戦・トヨタ自動車戦には4万2000人の大観衆が訪れた。エース・野間口貴彦(現・巨人スカウト)を擁し、三菱ふそう川崎との決勝に進出したが、3点リードの7回、野間口が相手打線につかまり、逆転を許した。1月25日の同OB会で野村氏は「野球人生で一番悔いが残っている」と話すほど、思い出深い一戦になった。

 巨人・野間口スカウト「監督との一番の思い出となると、やはりあの試合になります。絶対に忘れることができません」

 当時、ミーティングで何度も説いていたのが「財を残すは下、人を残すは上」。そして今、シダックスのOBたちはプロ、大学、高校、少年野球と各カテゴリーで指導者となり、“野村の考え”を後進に伝えている。

 日本ハム・武田勝投手コーチ「1から10まで教えるのではなくて、1を教えて9気付かせるということを社会人時代に教わりました。その気持ちを継げるように、これから頑張っていきたい」

 シダックス・志太勤最高顧問「05年のオフ、楽天からオファーがあった時も『アマ野球は楽しい。シダックスの監督を続けたいが最後は志太さんが決めてくれ』と。私は『野村さんはプロの人。どうぞ行ってらっしゃい』と送り出した。送別会で号泣され、こんなに情の深い方なんだ、とますます好きになった」

 楽天監督に就任後も、沙知代夫人とともに「あの頃が一番、楽しかった」と、ひたむきに勝利を求めたシダックス時代を回想していた。確かに「人を残した」意義深い3年間だった。

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