“世界の盗塁王”福本豊さん、クイック導入のノムさんと切磋琢磨…野村克也さん死去

2018年2月のOB戦で(左から)江本氏、福本氏と記念撮影
2018年2月のOB戦で(左から)江本氏、福本氏と記念撮影

 戦後初の3冠王となり、指導者としても3度の日本一に輝いた名将、野村克也さんが11日午前3時半、虚血性心不全のため死去した。84歳だった。南海(現ソフトバンク)で捕手兼任監督を務め、ヤクルト、阪神、楽天を指揮した。元阪急外野手で“世界の盗塁王”こと福本豊さんも、突然の訃報に言葉を失った。

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 朝、関係者から連絡を受けた時は、えっ、ウソやろ―と。それしか、なかった。最後に会ったのは、去年の12月の番組共演。最近は車いすで「足だけはしんどい」と言われてたけど、病気で寝込んでどうというのも聞いたことがなかったからね。

 僕らが入団した当時、神様みたいな人やった。大先輩。若い時は結構、やられたな。チャンスで打席に立つと、集中力を散漫にさせるのが巧みで。だまされてアウトになることが多かった。僕の顔を見ると打席の後ろから「(塁に)出たら走るのか」と、よく声をかけられた。

 思い出はいろいろあるけど、やっぱりレベルの高いランナーにさせてもらった思いが強い。僕を走らせないよう、走れないような工夫をいろいろとされて。僕もそれを研究して、レベルアップさせてもらった。投手の投球を小さく、速くと。クイックモーションを最初に取り入れた人ですからね。いろいろ、考えさせられた。最近も球場で会えばよく、当時のクイックの話になった。

 パ・リーグを盛り上げるための宣伝も、よく考えていた。セ・リーグに追いつけ、追い越せと。指導者の立場になってからも野村再生工場とか、貢献度は大きかったと思う。阪神の監督時代に僕がコーチでお世話になった時、僕は外野手だけを見るくらいだったけど、全部を広く見ていらした。見方が違うんだなと感じた。

 頻繁には会わなかったけど、顔を会わせれば「おう、お前か」と声をかけてくれた。まだ早いよ。もう少し、野村語録を聞きたかったな。(スポーツ報知評論家)

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