【野村番記者が悼む】「報知か…しゃべらん」貫く

肩をもんでもらう阪神・野村克也監督
肩をもんでもらう阪神・野村克也監督

 野村監督の輝かしい球歴の中で、最も暗かった年に私は担当したのではないか。トラ番キャップになった2001年シーズンは、2年連続最下位で迎えた3年契約最終年。1月初旬、丁重に名刺を差し出してあいさつすると「報知か…。ワシはしゃべらんからな」とポツリ。その場は冗談と思ったが、5月になると本当に口を閉ざしてしまった。

 大型連休を終えた時点でチームは早くも最下位に定着。その采配に対する論調は弊社はもちろん、各社とも厳しかった。ある日の試合後、「もう、しゃべらん」と担当記者に宣言すると、あとはダンマリ。ベンチでの雑談や試合後の囲み会見があるわけもなく、報道陣を遠ざけた。間隙をついて1対1になる機会をつくっても、目も合わせようともしない。結局、阪神は3年連続最下位。ほとんど声を聞くこともなく、12月に退任した。

 仕事を理由に上っ面の話をする取材対象者を何人も見てきたが、野村監督は己を貫いて口を開こうともしなかった。丸まった背中が「ワシをたたくヤツらにはしゃべらん」と語っているようで、かえって正直で人間らしく感じ、不思議と憎めなかった。あの年ほど野村監督と会話のなかった担当記者は、そうはいないだろう。あのボヤキをたくさん聞いて「ノムラの教え」を学びたかった。

(01年阪神担当キャップ・秋本 正己)

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