【あの日の五輪】正直、失敗しちゃったかなと…1988年ソウル金・鈴木大地(中)

88年ソウル五輪開幕前の7月、長嶋茂雄氏(左)に激励される鈴木大地
88年ソウル五輪開幕前の7月、長嶋茂雄氏(左)に激励される鈴木大地

 バサロのキックを21回から27回に増やし、距離を25メートルから30メートルに延ばすことを決めて、鈴木は決勝に臨んだ。「25、26、27…」。未知の領域。数えることに必死だった。水面に上がってくる時に、少しもたついたことを覚えている。

 「ちょっと失敗したかなと。数のことばかり考えていたので。でもそこで動揺してもしょうがない。むしろバーコフくんとの差が、そんなになかったので、ちょうどいいなと」

 決勝進出の8人中、前回の84年ロサンゼルス五輪を経験していたのは鈴木だけだった。この4年間、ソウルで勝つことだけをイメージしてきた。ロスでは体重が4キロ落ちるほどの緊張を味わった。2回目ならではの余裕があった。

 75メートルまでは隣のバーコフを意識した。理想通りの展開に「よしよし」と思った。ラスト25メートルはライバルを視界から、意識から断った。「その時だけですね。もういいやって。自分の100%の力を出し切ろうと思った。他を見ずに、最後まで泳ぎ切りました」。鈴木には自信があった。バーコフが世界記録を出した五輪直前の全米選手権のVTRを見ながら「先生、僕、こいつには負けませんよ」とつぶやいたことを鈴木陽二コーチは記憶している。

 記録を縮めるために、体毛をそった。ゴールのタッチで距離を稼ぐために爪も伸ばした。が、実際は「そんなに伸びなかったね。でも、そういう気持ちね。爪を伸ばした分、速く泳げるかなっていうくらいの気迫があった」。ゴール後も爪は無事だった。スタンドで揺れる日の丸に、メダルは間違いないと確信した。

 しかし、鈴木の視力は0・06だった。「タイムがはっきり見えなかったんですね。なんとなくいけてる感じはあったけど、2位でガッツポーズをしていたら格好悪いから」。泳ぎながら寄っていった電光掲示板を、目を細めてにらみつけた。左手を上げた。低迷していた日本の水泳界が16年ぶりに手にした金メダルだった。

 予選から決勝までの間、イメージトレーニングを何度も繰り返した。いつも同じ展開だった。終わってみれば、まさにその通りの55秒を再現していた。「金メダルを取った時、後悔したもんね。なんでもっとぶっちぎりで勝つレースをイメージしておかなかったのかなって。正直、失敗した。失敗しちゃったの、僕」。見事な戦略と完璧なレース運びの裏にあった、ちょっとした後悔を笑った。(高木 恵)=敬称略、つづく=

 ◆88年ソウル大会の名場面 9月17日から10月2日まで開催。卓球が正式競技として採用され、テニスは64年ぶりに復活。女子柔道、野球、テコンドーが公開競技に選ばれた。日本のメダル1号は射撃女子スポーツピストルで銀メダルを獲得した長谷川智子。柔道は95キロ超級を斉藤仁が制し、初の金メダルゼロの危機を救った。レスリング48キロ級の小林孝至、52キロ級の佐藤満も金メダル。陸上女子でフローレンス・ジョイナー(米国)が100、200、400メートルリレーの3冠を達成。日本は金4、銀3、銅7と合計14個のメダルを獲得した。

スポーツ

報知ブログ(最新更新分)

一覧へ
NEWS読売・報知 モバイルGIANTS ショップ報知 マガジン報知 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真販売 法人向け紙面・写真使用申請