野村克也さん追悼…「失敗と書いて『せいちょう』と読む」ファンに愛された野村語録

19年6月に甲子園球場を訪れた野村克也氏
19年6月に甲子園球場を訪れた野村克也氏

 南海の強打の捕手として65年には戦後初の3冠王に輝き、南海、ヤクルト、阪神、楽天で監督を務めた野球評論家の野村克也氏が死去した。84歳だった。

 野村氏の談話は「野村語録」として野球ファンだけでなく、多くのビジネスマンにも心の支えになった。

 「長嶋や王は太陽の下で咲くひまわり。俺はひっそりと咲く月見草」

 75年5月22日の日本ハム戦(後楽園)で通算600号を放った後の会見で。以後、月見草は野村克也の代名詞に。

 「野球界に革命を起こそう」

 南海監督時代の76年、阪神から江夏豊を獲得。この口説き文句で抑えへ転向させた。

 「ボロボロになるまで『生涯一捕手』を貫きます」 

 南海監督を解任された77年秋、引退するか否か悩んだ末、ロッテでの現役続行を決断。

 「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」

 勝利には幸運でもたらされるものもあるが、敗戦には必ず原因がある。

 「茶髪、長髪、ひげは禁止」

 精神状態が乱れている証拠と、選手には規律順守を求めた。

 「組織はリーダーの力量以上には伸びない」

 チームが強くなるためには監督が力をつけることが必要と説いた。

 「信は万物の基を成す」

 部下とは理解し合い、信頼の絆で結ばれることが強い組織作りには重要と語った。

 「無視、称賛、非難」 

 選手のレベルアップに応じて「相手にしない、褒める、けなす」と対応が変わる。非難こそ最上級への敬意である。

 「人間的成長なくして技術的進歩なし」

 キャンプでのミーティングでは「どう生きるか」「仕事とは」など野球以外の話題についても講義し、人間教育を重視した。

 「失敗と書いて『せいちょう』と読む」

 野球にミスはつきもの。次にどう生かすか。

 「財を残すは下。仕事を残すは中。人を残すは上」 

 その通り、野村門下生は今でも各球団で指導者を務める。

 「マー君、神の子、不思議な子」

 07年8月3日のソフトバンク戦で9勝目を挙げたルーキー・田中将大を評して。失点しながらも勝ち星を重ねるところから。

 「『野村克也引く野球』はゼロだが、『野村克也引く野村沙知代』もまた、ゼロである」

 沙知代夫人への深い愛情をユーモアたっぷりに表した言葉。野村番記者にも「俺は“支配下選手”なんだよ」と楽しげに夫婦仲を表現した。

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