青学大・吉田祐也 初マラソン激走の舞台裏を3日間密着取材

別大マラソンに向けて単独で前日練習を行った青学大の吉田祐也
別大マラソンに向けて単独で前日練習を行った青学大の吉田祐也
別大マラソンで日本学生歴代2位の好記録をマークした吉田祐也(右)。日本陸連・瀬古リーダーもその潜在能力を高く評価した
別大マラソンで日本学生歴代2位の好記録をマークした吉田祐也(右)。日本陸連・瀬古リーダーもその潜在能力を高く評価した
別大マラソンで日本学生歴代2位の好記録をマークした青学大・吉田祐也は激走から一夜明け、選手村のホテルで充実した表情を見せた
別大マラソンで日本学生歴代2位の好記録をマークした青学大・吉田祐也は激走から一夜明け、選手村のホテルで充実した表情を見せた

 青学大の吉田祐也(4年)が初挑戦の別府大分毎日マラソン(2日)で日本人トップの3位と大健闘した。しかも、2時間8分30秒の好記録。2003年びわ湖で中大の藤原正和(現監督)がマークした2時間8分12秒の日本学生マラソン記録&初マラソン日本記録には18秒、距離にして約100メートル届かなかったが、いずれも歴代2位。最初で最後となった箱根駅伝では4区区間新記録をたたき出した。それから、ちょうど、1か月。さらなるサプライズを起こした。

 決して後付けではなく、私は吉田の快走はあり得ると予想していた。だからこそ、別大マラソン前、最後のポイント練習(1月29日)を含め、レース前日から密着取材した(もちろん、密着とは言っても新型コロナウイルスやインフルエンザ感染防止をはじめ彼のコンディション調整に最大限の配慮をした上です)。レースの前日、当日、翌日。3日の舞台裏を紹介したい。

 ▽レース前日(2月1日) 1月31日は卒業試験があったため、吉田は同日夜に単身、大分入り。当初、同日から盟友の上村臣平主務(4年)が同行する予定だったが、上村主務が1日に卒業試験の予定が入ったため、大事なレース前日はすべて単独で行動した。さらに前日練習を行うつもりだった大分市営陸上競技場はレースに備えた会場設営のため、使用できないことが判明。予定通りではないことが続いたが、吉田は冷静に対応した。朝練習中に、ホテルから約1キロの駄原総合運動公園に誰でも使用できるランニングコースを発見。事前に練習取材を頼んでいた私には「午前11時頃に練習を行う予定です!よろしくお願いします!」と丁寧なメールをくれた。

 私は早めに駄原総合運動公園で到着し、吉田を待っていると、予定通りに時間に登場。「お疲れ様です。これ、差し入れです」と吉田は温かい缶コーヒーを差し出した。レース前に気遣いさせたことを申し訳なく思うと同時に、レース前日にも関わらず精神的な余裕と落ち着きに快走の予感をさらに深めた。

 同公園には1周540メートルのランニングコースが併設。1キロ約4分ペースで8周(4・32キロ)走った後、レース用シューズに履き替えて、スピードを上げる刺激練習を2周(1・08キロ)。タイムも自ら計測した。「3分ちょうどでした。1000メートル換算で2分47秒くらいですね」と予定通り、前日練習を終えた。初マラソンに向けては複数のレースを録画で観戦し、勉強したという。「一番、参考になったのは2017年福岡国際で3位になった時の大迫傑さんの走りです。先頭集団の後方左で無駄な動きをしていませんでした。後方は風よけになるし、左側は給水が取りやすいので」と理知的に説明した。

 同公園では多くの市民ランナーも走っていた。「青学の吉田祐也選手ですよね?」と3人のランナーに写真撮影を頼まれると快諾。別大マラソンに参加する市民ランナーだと分かると「明日、一緒に頑張りましょう!」と笑顔で話した。

 ▽レース当日(2月2日)

 スタート直後から終始、落ち着いていた。前日に話した通り、集団やや後方の左に位置して、スペシャルドリンクを手堅く取り続けた。中身はスポーツドリンクとエネルギーゼリーを混ぜたもの。「先輩の一色恭志さんと下田裕太さん(いずれも現GMO)が2016年の東京マラソンを走った時のレシピがチームに残っていたので、参考にしました」。終盤までエネルギーを無駄遣いせずに淡々とレースを進め、残り3キロでスパート。トップに立った。残り2キロで外国勢2人に突き放されたが、日本人トップの3位。堂々たるレースぶりだった。

 レース後も堂々とした態度だった。

 競技場の会見場。まず先に日本陸連長距離・マラソン強化戦略プロジェクトの瀬古利彦リーダー(63)が総括会見を行った。瀬古リーダーの後に会見を行う吉田は律儀に会見場の後ろで待機していた。すると、瀬古リーダーが「ん? 吉田君がいるじゃないか。こっちに来なよ」と招き、異例の同席会見が始まった。瀬古リーダーが残り3キロでスパートしたことに「もう少しスパートを我慢した方がよかった」と指摘すると「残り3キロを1キロ3分ペースで押せば2時間8分5秒が出せると思ったので。初マラソンなので失敗してもいいと思いました。力不足でしたが、後悔はありません」と臆することなく自分を意見を主張した。さらに瀬古さんが「そうだね。失敗してもいい。マラソンは2回目、3回目が勝負。1回目のマラソンだけで終わる選手もいる。マラソンをなめてはいけないよ」と言うと、吉田は「なめていません」と即答。相手が日本陸上界のレジェンドだとしても、決して物怖じすることはなかった。

 ▽レース翌日(2月3日)

 激走から一夜明けた後の体の具合や周囲の反応を知りたかったので、翌日取材を依頼すると、やはり快諾してくれた。ここでも、理知的な対応だった。「日本学生記録保持者の藤原さんについてインターネットで調べていると、藤原さんは大学4年の初マラソンの後『内蔵疲労が大きかった』と話している動画を見た。筋肉疲労より気がつきにくい内臓疲労の方が怖いですね」と話した。実際、藤原監督は2003年びわ湖の快走で、その年のパリ世界陸上で日本代表に選出されたが、疲労と故障が重なり、欠場を強いられた。練習量が豊富な青学大の中でも吉田は最も走り込んでいる。「すぐに走りたくなるけど、走らない我慢をしたい」と“練習の虫”らしいコメントを聞くことができた。その後、一緒に大分空港から羽田空港へ帰京。到着ロビーで別れる際、取材のお礼を言うと、吉田は「3日間、ありがとうございました」と笑顔で返してくれた。

 当初、卒業を機に競技の第一線から退く考えで、大手食品メーカーのブルボンから内定を得ているが、もはや周囲が放っておかない。瀬古リーダーは「競技を辞めないでほしい。2024年パリ五輪の戦力だ」と直接、訴えた。注目の進路について、吉田は「大学卒業後も走るということは、実質、プロになるということ。走ることでお金をもらう覚悟があるか、と熟考したい」と慎重に話す。

 マネジャーら周囲が段取りしないと、練習も移動も戸惑う選手が多い中で、吉田は自分で考えて自然な行動できる。吉田がマラソンに必要なセルフマネジメント能力を持っていることを3日間の密着取材で改めて確信した。

 第一線で競技を続けるか、辞めるか。すべては吉田の決断が尊重される。そのことを承知の上で言わせてもらうならば、マラソンランナー吉田祐也をまた取材したいと思う。(記者コラム・竹内 達朗)

別大マラソンに向けて単独で前日練習を行った青学大の吉田祐也
別大マラソンで日本学生歴代2位の好記録をマークした吉田祐也(右)。日本陸連・瀬古リーダーもその潜在能力を高く評価した
別大マラソンで日本学生歴代2位の好記録をマークした青学大・吉田祐也は激走から一夜明け、選手村のホテルで充実した表情を見せた
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