【五輪の直】「あと一歩」に泣かされ続けた早田ひなが殻を破る時

早田ひな
早田ひな

 「殻を破るまで、あと少しだと思うんです」。卓球の東京五輪代表選考レースも終盤の昨年10月、早田ひな(19)=日本生命=がドイツの地で自身の現状を表現した言葉だ。全日本選手権を制したのはその3か月後。五輪代表落選直後に代表の伊藤美誠、石川佳純を破る劇的な初優勝となった。

 中国選手と互角に渡り合う両ハンドの威力はバズーカ級と称され、潜在能力は誰もが認めていた。世界ランクも18年8月まで10位台をキープ。東京五輪代表を目指して着実に歩んでいたが、現地入り後に膝を痛めて大会を棄権するなど足踏みが続き、9月に25位と急落。上位16人のシードを外れて予選からの出場となった直後、ツアーに中国選手が大挙して参戦し始めた情勢の変化も逆風となった。

 その後は「あと一歩」に泣かされ続けた。中国選手を破って本戦に進んでも、実力が近い海外選手に勝ちきれない。19年3月の世界選手権選考会では最終ゲーム10―5から悪夢の逆転負け。選考レース中の1年は格付けの低い大会を含め国際大会だけで19大会に出場した。「どこに住んでるか分からない」と苦笑した連戦やハードな移動をこなしても、ランクは上がらず、時間だけが過ぎていった。

 それでも、最後まで心は折れなかった。「ずっと希望が見えている。自分だったら変われるかもって気持ちがあるから頑張れる。“チームひな”も可能性があるから指導してくれているんだと思う。東京には間に合わないかもしれない。でも、(4年後の)パリまでには誰よりも強くなれる。そう信じています」と打ち明けてくれた時があった。

 東京五輪代表選考には間に合わなかった。だが、落選直後から「限界を作らない」と、これまで以上の猛練習を重ねた。自分の可能性を信じ続け、つかんだ栄冠はきっと、「殻を破る」きっかけとなったはずだ。

 ◆林 直史(はやし・なおふみ)1984年8月22日、愛知県生まれ。35歳。明大から07年入社。プロ野球、サッカー担当などを経て17年から五輪競技担当。18年平昌五輪取材。柔道、卓球などを担当。

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