マラソン激走の青学大・吉田「走らない我慢をしたい」学生記録の中大監督参考

青学大・吉田祐也は激走から一夜明け、選手村のホテルで充実した表情
青学大・吉田祐也は激走から一夜明け、選手村のホテルで充実した表情

 別府大分毎日マラソン(2日)で、日本人トップの3位と大健闘した青学大の吉田祐也(4年)は激走から一夜明けた3日、選手村となっている大分市内のホテルで取材に応じ「2月中は走らない我慢をしたい」と“練習の虫”らしいテーマを明かした。

 最初で最後となった箱根駅伝の4区(1月2日)で区間新記録をマークしてから、ちょうど1か月後。吉田は初マラソンを2時間8分30秒で走破し、さらに大きなサプライズを起こした。2003年びわ湖で中大の藤原正和(現監督)がマークした2時間8分12秒の初マラソン日本記録&日本学生マラソン記録には18秒、距離にして100メートル届かなかったが、いずれも歴代2位の好記録だった。

 昨夜は、青学大の原晋監督(52)、付き添いを担当した上村臣平主務(4年)らと大分市内で夕食。豊後水道の荒波にもまれ、身が引き締まった大分ふぐ料理を堪能した。練習では経験したことはあるものの本気のレースでは初体験となった42・195キロから一夜明けたこの日、吉田は「前ももの疲労感は箱根駅伝4区の翌日よりありますが、それでも、普通には歩けます」と、さらりと話した。その上で、吉田が強調したのは、筋肉疲労よりも内蔵疲労の懸念だった。

 「日本学生記録保持者の藤原さんについてインターネットで調べていると、藤原さんは大学4年のマラソンの後『内蔵疲労が大きかった』と話している動画を見た。筋肉疲労より気がつきにくい内臓疲労の方が怖いですね」と吉田は理知的に話した。実際、藤原監督は2003年びわ湖の快走で、その年のパリ世界陸上で日本代表に選出されたが、疲労と故障が重なり、欠場を強いられた。

 練習量が豊富な青学大の中でも吉田の練習量は抜きんでている。「チームで一番、練習をする。1か月に1000キロ以上は走る」と原監督は証言。「青学大に入学後、昨年4月に故障して4日連続で練習を休んだのが最長ですね」と吉田はさらりと話す。

 まさに“練習の虫”の22歳の今の目標は「すぐに走りたくなるけど、走らない我慢をしたい」。6日から、多くの一般学生と同じように自動車免許取得のため、山形県内の自動車学校で合宿に入る。「シューズやトレーニングウェアは持っていきますが、空いた時間にほんのちょっとだけ走るつもりです」と話した。

 当初、卒業を機に競技の第一線から退く考えで、大手食品メーカーのブルボンから内定を得ているが、もはや周囲が放っておかない。別府大分毎日マラソン後の会見では日本陸連長距離・マラソン強化戦略プロジェクトの瀬古利彦リーダー(63)が異例の同席。「競技を辞めないでほしい。24年パリ五輪の戦力だ」と直接、訴えた。注目の進路について、吉田は「大学を卒業後も走るということは、実質、プロになるということ。走ることでお金をもらう覚悟があるか、と熟考したい」と慎重に話した。

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