兵役で鹿島を去る韓国人通訳の物語 猛勉強で得た日本語、プロ諦め選んだ通訳での葛藤と奮闘

兵役のため鹿島を退団したキム・ヨンハ通訳(右)
兵役のため鹿島を退団したキム・ヨンハ通訳(右)

 鹿島のキム・ヨンハ通訳(27)が、兵役のため3年間の職務を終えて韓国に帰国した。サッカー留学で来日し、猛勉強で手にした日本語。プロの夢を諦められず、1度は断った通訳の仕事。葛藤と奮闘、兵役後のキャリアプラン…。鹿島に尽くした27歳に迫った。

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 韓国の高校を卒業後、サッカー留学で山梨学院大に入学した。話を持ちかけられた1週間後にはもう来日していた。サッカーをするためだけに、海を渡った。

 下準備も何もない状態。語学の壁は高かった。それでも「サッカーは人を動かさないと楽しくプレーできない」と厳しい練習との両立で日本語の習得に励んだ。

◆授業、復習、居残り見学

 「朝6時起きで1時間走ってから大学で朝食を食べ、自転車で(日本語の)塾に行って。9時から12時40分までが授業。大学に戻って、練習して、そこから復習の時間。最初の2年間はその繰り返しでした」

 当時のサッカー部は能力別にA~Dまでの4チーム構成。Aチームだったヨンハ通訳は、練習後も帰宅せず、B~Dチームのトレーニングを熱心に見つめた。「みんながどんな日本語で指示を出しているのか。ずっと座って聞いていました」

 ACLの韓国遠征の際、韓国のスタッフから「韓国語のやたら上手な日本人」と勘違いされるという。所作や話し方、物腰の低い態度が日本人に見えるらしい。本当は「日本語のやたら上手な韓国人」なのだが。

◆1試合限定だったはずの通訳

 大学4年時、プロ入りを目指しJクラブの練習に参加していた頃。プロのオファーは届かなかったが、鹿島から通訳で誘われた。来日4年目とは思えない語学力、人間性が評価された。だが断った。プロになることしか考えていなかった。

 鹿島の熱意に負け、1試合限定で通訳を手伝うことになった。そこで出会ったのが、勝利のみが許され、勝つために全てを捧げる鹿島の選手・スタッフだった。心が動いた。「試合前日のミーティングルームで自己紹介をして、みんなの顔、雰囲気を見て、決めました。いろいろな経験ができると思いました。『人』で決めましたね」

◆「僕のせいじゃないかと…」

 24歳の若さで常勝軍団の通訳になった。コーチミーティングや契約更改にも参加する責任ある職業。気苦労も多かった。「けがもあり、(GKクォン)スンテさんがレギュラーを取り返せずに1年が終わってしまった。自分が迷惑をかけているのかなって思いました。能力を発揮できなかったのは僕のせいじゃないかと…」

◆内田「3人の韓国人のために」

 翌18年、クォンスンテは定位置を奪った。チームもACLで優勝。準決勝水原(韓国)戦前の記者会見では、内田篤人が「3人の韓国人のために絶対勝つ」とスンテ、チョンスンヒョンの両選手にヨンハ通訳を加えて誓った。「胸が熱くなりました」と感激した。

 けが人続出で選手が不足し、紅白戦に入ることもあった。小笠原満男からは「スタッフとか関係ない。遠慮するな」、ジーコからは「やられるな。むしろ削れ」と言われた。プロにはなれなかったが、自分の本職だったボランチで小笠原とコンビを組み、自分のパスで西大伍がサイドを駆け上がった。「自分のせいでレベルが落ちてはいけない。必死でしたが本当に楽しかったです」と振り返る笑顔はサッカー少年そのものだ。

◆「できれば鹿島に戻って…」

 兵役はおよそ2年間。その後のキャリアは…。「その時の流れやタイミングはわかりません。でもできれば鹿島に戻って、また何か貢献できればと思っています。やっぱり国内タイトルが取れなかったのが心残りなんです―」

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 1月29日。帰国を翌日に控えたヨンハ通訳は、いつも通りグラウンドにいた。ゴールを動かし、球出しを手伝い、汗だくの選手にタオルを渡し、ミニゲームで線審を務めた。

 3年間こなしてきたサポート業を最後までやり遂げたヨンハ通訳と、誰もいないグラウンドで少々立ち話。別れ際に「また会おうぜ」と“軽く”頭を下げて両手で握手を交わすと、予想外のことが起きた。「ゴツンっ」と頭同士がぶつかった。

 ヨンハくん、丁重に頭を下げすぎです。日本人よりも日本人じゃないですか。どうかお元気で。(岡島 智哉)

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