「3冠」矢作調教師が実現した究極の有言実行

引退式でリスグラシューを労う矢作調教師(カメラ・高橋 由二)
引退式でリスグラシューを労う矢作調教師(カメラ・高橋 由二)

 2019年の競馬界。その中心に立っていたのは間違いなく、矢作芳人調教師だろう。1月7日に発表されたJRA賞では年度代表馬にも輝いたリスグラシューで最優秀古馬牝馬、コントレイルで最優秀2歳牡馬のタイトルを獲得し、自身は最多賞金調教師賞も獲得。「3冠」を達成した。そんなトレーナーとは何度も酒席をともにさせてもらっているが、あの夜のことは今でも忘れられない。

 それは15年の夏。矢作調教師は久々の北海道出張だった私を寿司店に誘ってくれた。カウンターしかなく、わずか数人しか入れない小さな店の重厚な雰囲気に緊張気味だった私。そんな時、トレーナーが「日本一早いPOG情報を教えてやろうか」と、本当にうれしそうな笑顔で切り出してきた。

 POG情報とは、2歳から3歳クラシック戦線で活躍する若駒たちの情報。「日本一早い」の意味をつかみかねていると、すぐに熱い言葉が続いた。「今日、牧場で見てきたハーツ産駒の牝馬、本当にいい馬だ。これは絶対に覚えておいた方がいいぞ」。その時に教えてもらった「リリサイドの14」という1歳馬こそ、のちのリスグラシューだった。名牝との初対面の日に偶然にも食事をともにして、確かな手応えが生で感じられたのだ。本当に貴重な一日だった。

 後日談がある。この話、私が執筆しているPOGブログに「日本一早いPOG情報」として書いたが、実は更新日が所属するキャロットクラブの最初の出資申し込みの締め切り直前。その影響なのか、決して血統構成も派手ではない同馬が出資希望者数の圧倒的な一番人気になったというのだ。「ホント、えらいことになったなぁ」と何度か話をしたもの。2歳時にアルテミスSで重賞初制覇を決めた直後には「日本一早いPOG情報、よかったな」と声をかけてもらったし、引退後の飲み会でも「あの北海道で話した馬が、こんなことになるなんてな。普通はないだろ」と感慨深げに話す姿に何だかホッとした。

 そんな人間味あふれるトレーナーだが、今年の取材で最も驚いたのは、リスグラシューが豪州のコックスプレートを勝った直後。現地でなかなか眠りにつけず、レース前の3日間ほど師が睡眠薬を服用していたことを聞いた時だった。「本命になると、どうしても慎重になるんだよな。特にあのレースは、日本の競馬ファンの期待と注目を一身に背負っているような感じだったからね。しかも、大事なお金も賭けているわけだから」。有馬記念では特例でレーン騎手を呼び寄せたように、競馬を常に盛り上げようとする行動家。豪快なイメージを持っていたが、実は非常に繊細でもある。新たな一面を知った。

 1月27日にJRA賞の授賞式が行われる。昨年もリスグラシューが「最優秀古馬牝馬」のタイトルで表彰されたが、その後に大トリとして登場した年度代表馬のアーモンドアイに注目が集まる姿を見ながら、「やっぱり、年度代表馬じゃないと仕方ない(意味がない)よな」とつぶやいた。華やかな壇上は近そうで、非常に遠い。そして、強い思いを胸に刻んだ。「これを取りにこないといけない」

 あれから1年。あの時、うれしさよりも悔しさを共有した愛馬は日本競馬史上に残る驚異的な成長を遂げ、アーモンドアイなどG1馬11頭が参戦した有馬記念で5馬身差の圧勝劇。見事に有終の美を飾った。そして、今年は主役として、授賞式の晴れ舞台に戻ってくる。「年度代表馬を目標にはしていたけど、まさかリスグラシューで取るとはさすがに当時、思ってもいなかったな」

 昨年は厩舎のスローガンである「よく稼ぎ、よく遊べ」を実践するように賞金リーディングを獲得。「世界一ファンに愛される」ことを目指す厩舎が、ファン投票による宝塚記念、有馬記念を制覇した。そして、最後に実現する究極の「有言実行」。矢作調教師にとって、2019年は絶対に忘れられない一年となったはずだ。(中央競馬担当・山本 武志)

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