“小池騒動”の中、金田さんの右手に巻かれた包帯…忘れられない400勝投手の脱走劇

ロッテ監督時代の金田さん
ロッテ監督時代の金田さん

 国鉄(現ヤクルト)、巨人の投手として歴代最多の通算400勝をマークし、昨年10月6日に86歳で死去した金田正一さんのお別れの会が21日、都内で営まれた。巨人時代の同僚である巨人軍・長嶋茂雄終身名誉監督(報知新聞社客員)、ソフトバンク・王貞治球団会長、また、巨人・原辰徳監督、野村克也氏、張本勲氏ら多くの人が故人をしのんだ。

 金田さんと言えば―の思い出がある。

 昨年、FA宣言した美馬、福田がロッテを移籍先に選ぶとは、「不人気球団」と呼ばれた時代とは隔世の感があるが、時は1990年秋。ロッテはドラフト1位指名した即戦力左腕・小池秀郎投手(亜大)から入団拒否の憂き目に遭った。世に言う“小池騒動”だ。この時の監督が、金田さんだった。

 当時、新人記者だった私は、ロッテ担当・M記者の助っ人として、何度か金田監督の自宅の張り込みに行った。ある時、娘さんが車で外出。他社の先輩記者と金田さんが同乗していないか車内を確認したが、一人でのお出掛けだった。

 2時間程たった頃だろうか。車が戻ってきた。この時も車内は娘さんだけ。その数分後、金田さんが家から出てきて、「おい、誰がおる? 担当記者は中に入れ!」とまくし立てた。

 金田さんは“いちげんさん”の私を見るや「お前誰や!」。

 「報知の新人です!」

 「(担当記者の)Mを呼べー!」

 「はい!」

 携帯電話のない時代。金田さんの勢いに押され、公衆電話まで走ったことを思い出す。

 この時、金田さんの右手の指には包帯がぐるぐる巻かれていた。金田さんは娘さんの運転する車のトランクに隠れて外出し、小池側の関係者と極秘裏に面会。その話し合いの中で獲得を正式に断念したのだ。トランクに隠れるときに指を挟み、その結果が包帯姿―という訳だった。

 後日、M先輩に聞くと、誤った記事を書かないよう、断念に至ったてん末を担当記者に説明し、毎日の張り込みで疲弊した記者を慰労したのだという。うそのような本当の脱走劇。空前絶後の400勝投手がその主役だったことを知る記者も、今は少なくなってきた。

(編集局次長・名取 広紀)

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