出村義和さんが語るジーター「敬意の男…取材できたことの幸運。デレクありがとう」

笑顔でベンチへ戻るジーター(左)と松井
笑顔でベンチへ戻るジーター(左)と松井

 米国野球殿堂は21日(日本時間22日)、ヤンキース一筋の遊撃手として通算3465安打を放ったD・ジーター氏(45)=現マーリンズ最高経営責任者=と、ロッキーズなどで通算2160安打のL・ウォーカー氏(53)を選出した。

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 「あの人、いいジイさんかい」と、ジーターは駆け寄ってきた就学前と思しき少女と握手をしながら尋ねた。周囲にいたメディアも球団関係者も一瞬凍りついた。

 そのジイさんとは“クビ斬り魔”の異名を持つ、初代の超ワンマンオーナー、ジョージ・スタインブレナーだったからだ。孫娘が小さくうなずくと、オーナーは豪快に笑い、周囲も笑いに包まれた。新人王に輝いた翌年のキャンプ地タンパ。1997年、ジーターがまだ22歳の時のことだ。

 天真爛漫(らんまん)な性格は誰からも受け入れられていた。それは誰に対しても『リスペクト』を持って接していたからだろう。その端的な例は審判に対する態度。もちろん、退場は一度もない。抗議することさえ、ほとんどなかった。メディア対応にしても、公平だった。取材の約束は必ず守る。いつの間にかキャンプ期間中に単独インタビューをさせてもらうことが約束事のようになっていたが、忘れられるようなことはなかった。

 ただし、ガードは堅かった。チームの話は喜んでしても、成績など個人に関わることを口にすることは滅多になかった。それがジーターという選手の野球に対するスタンスだった。見事なまでに一貫していた。

 勝利のために与えられた役割を全力で果たす。その姿は憧れて育ったというトラウト(エンゼルス)を始め、多くの選手にも受け継がれている。そんな『プロの鑑(かがみ)』といえる選手のデビューから引退までの同時代を現場取材できたことの幸運を、改めてかみ締める。デレク、おめでとう!ありがとう!(スポーツジャーナリスト)

出村 義和
 (でむら・よしかず)1971年、ドジャースタジアムでMLB初観戦。ベースボールマガジン社でアメリカ総局勤務、週刊ベースボール編集長などを務める。独立後、ニューヨークをフランチャイズに19年間MLBを中心に多岐にわたるジャンルで取材、執筆を行う。帰国後、JスポーツでMLB中継の解説者も務める。

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