【巨人】長嶋茂雄終身名誉監督、高木守道さん悼む…26年前のナゴヤ球場での熱闘を述懐

91年11月、中日の監督就任が決まり、長嶋茂雄氏(右)と対談した高木守道さん
91年11月、中日の監督就任が決まり、長嶋茂雄氏(右)と対談した高木守道さん

 17日に78歳で死去した元中日監督の高木守道(たかぎ・もりみち)氏の訃報を受け、18日、球界に悲しみが広がった。1994年の伝説の「10・8」決戦を制した巨人・長嶋茂雄終身名誉監督(83)=報知新聞社客員=らがコメント。高橋周平内野手(26)ら中日ナインは、現役時代に「ミスタードラゴンズ」と称された名二塁手に恩返しの活躍を誓った。

 長嶋さんは26年前のナゴヤ球場での熱闘に思いを致し、急逝した高木さんについての談話を発表した。

 「監督時代は何といっても、互いに死力をつくした94年の10・8決戦です。巨人の胴上げをじっと見つめていた表情は忘れられません。野球界にとって貴重な人材を失い、残念です」

 長嶋さんは巨人の監督として、高木さん率いる中日と伝説の「10・8」に勝利した。シーズン最終戦を同率首位で迎え、勝った方が優勝という一戦を長嶋さんは「国民的行事」と称し、斎藤雅、槙原、桑田の3本柱を投入。一方の高木さんはシーズン同様の継投だったが、二十数年後には「今ではこれで良かったじゃないかと思う。長嶋ジャイアンツの優勝だから」と振り返っていたという。

 なぜなら、高木さんにとって長嶋さんは「神様のような人」だったからだ。高木さんが県岐阜商1年時、当時立大4年の長嶋さんが特別コーチとして訪問して指導し、遊撃手から二塁手への転向を勧めた。長嶋さんは「守備がうまく、足も速くてすごい選手がいるなと思った。中日のスタメンに名を連ねているのを見てすぐにわかりました。華麗なバックトス、対戦相手にとっては嫌なしぶとい打撃で中日を代表する選手になりました」と回想する。

 中日が優勝した74年に長嶋さんが引退。高木さんはパレードと日程が重なって長嶋さんの引退試合に出場できず、電話でわびたという。2人は良きライバルとして戦った球友だった。

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