王さんでも打てない田淵さんだけのホームラン…ミスタータイガース継承の掛布さん語る

18年、テレビ解説のため神宮球場を訪れ握手を交わした掛布氏(左)と田淵氏
18年、テレビ解説のため神宮球場を訪れ握手を交わした掛布氏(左)と田淵氏

 令和最初の野球殿堂入りが14日、東京・文京区の野球殿堂博物館で発表された。エキスパート表彰では、強打の捕手として阪神、西武で歴代11位の通算474本塁打を放った田淵幸一氏(73)が選ばれた。田淵氏から「ミスタータイガース」を継承した掛布雅之・元阪神2軍監督(64)がスポーツ報知に殿堂入りを祝福する手記を寄せた。田淵氏が主砲だった1974年に阪神入りした掛布氏にとっては、虎の4番としてあるべき姿を学ぶ特別な存在だった。

 あれほど美しく、遠くにボールを運べる打者はいない。力感のないスイング。バットをクルッと放り投げる姿も格好いい。高々と舞い上がった白球は、滞空時間が長かった。フワッとした優しい打球は、素手で捕っても痛くないのではと思うほどだ。王さんでも打てない、田淵さんだけのホームランだった。

 5年間、同じユニホームを着させてもらった。阪神の4番打者としての立ち居振る舞いは、全て背番号22の背中が教えてくれた。自分の状態が悪いときでも「オレのことを気にするな。お前の野球を楽しめばいいんだから」と声を掛けてくれた。78年オフのトレード移籍の際は「江夏もオレも出て行くけど、お前は最後まで縦じまのユニホームを着なければダメだぞ」の言葉をもらった。

 遠征にも必ず持参した素振り用のバットは、入団1年目に自宅の食事に招かれたときに頂いたもの。当時、流行した「ジュンイシイ」【注】の34・5インチのバット。私が試合で使うものより半インチ(1・27センチ)長かったが、振れば風を切るいい音がした。田淵さんの存在も感じながら、引退するまで何万回も振った。

 器の大きな、おおらかな人。殿堂入りを祝福すると「長く生きていたら、いいことあるもんやな」と照れていた。いつまでも憧れの先輩だ。

 〇…田淵氏の法大時代1学年下で左腕エースとしてバッテリーを組んだ山中正竹氏(法大野球部OB会会長)は、殿堂入りの祝福とともに「法大時代の功績も強調したい」と選出理由に異論を唱え、従来の8本を大幅に更新する22本塁打を紹介した。さらに「田淵さんとのシート打撃の対決が私の力になった」と、自らの通算48勝の六大学記録は先輩のおかげとたたえた。

 【注】元早実監督でバット職人の石井順一氏が製作した圧縮バット。巨人・王など多くのプロ野球選手が使用。81年のシーズンから使用が禁止された。

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