伝説の早慶6連戦から60年 当時監督だった早大・石井氏、慶大・前田氏が特別表彰で野球殿堂入り

90年の東京六大学リーグで15シーズンぶり30回目の優勝を決め胴上げされる早大・石井連蔵監督
90年の東京六大学リーグで15シーズンぶり30回目の優勝を決め胴上げされる早大・石井連蔵監督

 令和初の野球殿堂入りが14日、都内の野球殿堂博物館で発表された。エキスパート表彰では、通算474本塁打を放ち、ダイエーの監督も務めた田淵幸一氏(73)が選ばれた。アマ球界などが対象の特別表彰は、元早大監督の故・石井連蔵氏、元慶大監督の故・前田祐吉氏が選出された。両氏は1960年秋の伝説の「早慶6連戦」で、ともにチームを指揮。ちょうど60年がたった節目の年に、晴れて殿堂入りを果たした。

 茨城県出身の石井氏は、水戸一高から51年に早大に進学。速球派右腕として鳴らす一方、強打を生かして主に「4番・投手」として2度のリーグ優勝に貢献。主将だった54年秋には、首位打者と打点王を獲得する離れ業も披露した。卒業後は日本鋼管に入社。57年に早大コーチ、58年に25歳の若さで早大の第9代監督に就任。厳しい練習で“鬼の連蔵”と呼ばれ、63年秋に退任するまで60年秋を含めて2度のリーグ優勝を果たした。

 退任後は朝日新聞に所属し、日米大学野球選手権の創設に尽力。88~94年にも指揮を執った。2度にわたる計13年間で計4度のリーグ優勝に導き、故・近藤昭仁(元ロッテ監督)、徳武定祐(元中日ヘッドコーチ)、小宮山悟(現早大監督)、仁志敏久(元巨人)らプロで活躍した選手を育てた。

 高知県出身の前田氏は、城東中(現高知追手前高)時代にエースとして46年夏、47年春と甲子園に出場(46年夏は西宮球場を使用)。慶大では投手、外野手としてプレー。53年に社会人野球の日本ビール(現サッポロビール)に入社。主に4番を任され、投手も務めるなど活躍し、監督にもなった。60年に29歳の若さで慶大の監督に就任すると、65年まで3度のリーグ優勝。当時の部員からは「お兄ちゃん」と慕われた。

 英語が堪能で、積極的に米国野球の技術や理論を取り入れて「エンジョイ・ベースボール」を標榜した。チーム再建を託されて82年に2度目の監督に就任。85年秋のリーグ戦でチーム2度目となる無敗の完全優勝を達成。93年に退任するまで、通算18年間で8度のリーグ優勝を成し遂げた。退任後は全日本アマチュア野球連盟選手強化対策委員長を務めたほか、アジア野球連盟事務局長として野球の国際普及に貢献した。

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