もう今は見られない伝説の有馬記念 冬枯れの芝が変わった「種明かし」

中山競馬場のグランプリガーデン。92年からオーバーシードされた芝なのが分かる
中山競馬場のグランプリガーデン。92年からオーバーシードされた芝なのが分かる

 競馬ファンじゃなくても、映像などで一度は見たことがあるのではないだろうか。1990年の有馬記念は、芦毛の怪物と言われた名馬・オグリキャップの劇的な引退レースVで今も競馬史に語り継がれている。一人のファンだった頃から記者も当時の映像を見て感動を覚えたものだ。

 今週末も中山競馬場と京都競馬場でレースが行われるが、冬でも芝コースは緑色をたたえている。だが、オグリキャップが勝った当時は、茶色っぽく冬枯れた芝で覆われていた。いつから今のような芝に変わったかと言うと、答えは1992年からだ。その種明かしをすると、これまでと同じ従来の野芝の上に、一年中緑の洋芝の種をまいて育てること(オーバーシード)で、現在のような一年中緑のターフで競馬が開催できるようになったという。

 そうなった経緯を中山競馬場の馬場造園課・松原秀樹課長に聞いたところ、「きっかけとしては、1981年に始まった第1回ジャパンCで、来日した外国の関係者の方が、冬枯れた晩秋の東京競馬場のコースを見て『果たしてこれは芝なのか』と驚きの声を上げられたと聞いております。そういったこともあって、競馬自体も海外に近づくように進歩していかなければならないというので、オーバーシードの研究につながっていったと聞いております」とのことだった。見た目もそうだが、クッション性など安全面の向上に実を結んだという。

 今では冬でも緑のターフは見慣れた光景となったが、その陰に馬場造園技術の進歩があるのは興味深いところだろう。ちなみに中山競馬場内にある「グランプリガーデン」には、歴代の有馬記念優勝馬のパネルが一堂に展示されている。そこでは91年のダイユウサクは冬枯れの芝で、右隣の92年のメジロパーマーは緑色の芝になっているのを見比べることができる。

 日本の競走馬や調教技術、施設面などのレベルは、平成の時代をかけて飛躍的に向上したと言えよう。オグリキャップが勝った平成2年から30年の時がたち、令和2年になっても競馬のドラマや感動は変わらないまま続いていくことだろう。

(中央競馬担当・坂本 達洋)

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