男の約束果たせず “じょっぱり”太田忍が泣いた日

大粒の涙を流す太田
大粒の涙を流す太田
井ノ口崇之(左)にテクニカルフォール負けを喫した太田忍
井ノ口崇之(左)にテクニカルフォール負けを喫した太田忍

 青森県民の気質を表す“じょっぱり”という言葉がある。意地っ張り、頑固者、そんな意味だ。

 レスリング・グレコローマンスタイルのリオ五輪59キロ級銀メダリスト・太田忍(25)=ALSOK=は、青森は五戸町の出身である。勝ち気で、ギラギラして、打算がない言動はまさに“じょっぱり”そのもの。その彼の東京五輪への道が事実上断たれた。

 12月21日、駒沢体育館で行われた全日本選手権。太田は67キロ級の初戦で、テクニカルフォールで敗れた。「東京五輪の“との字”もない」。人生で経験したことがないという1回戦負けだった。

 6月の全日本選抜60キロ決勝で日体大の後輩、文田健一郎(ミキハウス)に敗れた。あくまで五輪を目指すため、67キロ級へ階級を上げることを決断した。ボクシングで言えば、ほぼ4階級を一気に上げることに相当する。それを、ほぼ半年で成し遂げよう、というのだ。

 1日5食を詰め込み、ロシアへも出稽古を敢行。「切り替えるしかなかったし、やるしかなかった」。一種の賭けには違いないが、決して無謀とはとらえられていなかった。周囲にはむしろ、“アイツなら…”という期待感があった。

 敗戦インタビュー。気を遣った運営側が「このへんで…」と遮ろうとすると、太田がそれを止めた。「全然答えられますよ。みなさんの前に出ることもあまりもうないと思うので。聞いてやって下さい」

 ずっと歯を食いしばっていた太田の声が震えた。後輩であり、ライバルであった文田について聞かれたときだ。「彼が今年世界王者になったときに、一緒に金メダルを取りたい、と言ってくれたのがすごくうれしくて。それを達成したいと思ってきてやってきたけど、こんな形で…五輪にすら出場できずに果たせなくて情けない」。その瞬間、正真正銘のじょっぱりの目尻から、大粒の涙が流れ落ちた。男の約束をたがえた自分自身を、彼は責めた。

 ◆太田 倫(おおた・りん)1977年10月6日、青森県生まれ。42歳。横浜市立大から2000年入社。プロ野球などを担当し、18年からは五輪取材班へ。主に競泳、スケートボード、空手などを担当。

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