【箱根駅伝】筑波大、“いだてんの後輩”のドラマは続く…100周年大会で26年ぶり復活

シード権を目指し、チームをけん引する筑波大・大土手主将
シード権を目指し、チームをけん引する筑波大・大土手主将

 1920年、箱根駅伝は東京高等師範学校(東京高師)、明大、早大、慶大のわずか4校の出場で始まった。当時の大会名称は「四大校駅伝競走」。その4校は東京高師の流れをくむ筑波大を含めて「オリジナル4」と呼ばれる。100周年の記念すべき大会に筑波大は26年ぶりに復活を果たした。

 ドラマのような復活劇だ。第1回大会を制した東京高師の流れをくむ筑波大が予選会を6位で通過し、100周年の箱根駅伝に帰ってくる。「すごい偶然が重なった。今年は大先輩の金栗四三さんが主人公の大河ドラマ(NHKの「いだてん」)があって、その金栗さんの故郷の熊本で合宿をして、そして予選会を突破した…」。26年ぶりの復活を大土手嵩(しゅう)主将(3年)は感慨深く語る。

 東京高師出身の金栗さんは日本人初の五輪選手として1912年ストックホルム五輪マラソンに出場したが、無念の途中棄権。苦い経験を後進の育成に生かすため、箱根駅伝の創設に尽力した。オリジナル4の中でも突出した伝統を誇るが、国立の筑波大は90年以降、新興私大に屈し、94年を最後に箱根路から遠ざかった。2011年に「箱根駅伝復活プロジェクト」が立ち上がり、15年に資生堂で選手、指導者として活躍したOBの弘山勉監督(53)が就任。少しずつ力を取り戻した。

 今年7月には4年生の主将をはじめ、複数の部員がトラック競技を優先させるため駅伝チームを離れたが、大土手主将ら3年生を中心にチームを改革。9月の熊本合宿では金栗さんが走ったといわれる道を走り、箱根駅伝への思いをさらに強くした。

 「伝統校のプライドよりも自分たちがやってきた練習にプライドを持ってほしい。やるからにはシード権を目指す」と弘山監督はきっぱり話す。“いだてんの後輩”のドラマは続く。

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