【令和元年 回顧】「いつもは自転車で行かない場所 なぜあの日だけ」…池袋暴走事故で妻子失った松永さんの思い

スポーツ報知
3人で暮らしたアパートで取材に応じた松永さん。莉子ちゃんのお気に入りだったおもちゃのキッチンの前で

 高齢運転者による死亡事故、あおり運転後の暴行事件―。今年は車に関連する痛ましく悲しい事故・事件が相次いだ1年だった。特に、東京・池袋で4月に発生した当時87歳の男による暴走死傷事故は社会に大きな衝撃を与え、課題を投げ掛けた。事故で妻の真菜さん(当時31)、長女の莉子ちゃん(同3)を失った男性(33)はスポーツ報知のインタビューに対し、当時から現在に至るまでの思いを告白した。(構成・北野 新太)

 あの朝、莉子はおしりを僕に向けて振る「おしりバイバイ」で見送ってくれました。僕が見た最後の莉子です。

 会社の昼休みにLINEのビデオ通話で2人と話すことが楽しみな日課でした。あの日も正午になって会話したんです。「え? 自転車で買い物行ってるの? 珍しいね」「デパートに買い物があるからね」「じゃ、気を付けて帰ってね」って。近所で、いつもは自転車では行かない場所なんです。あの道もいつも通らなくて、3人で歩いたこともないんです。なぜあの日だけ…こんなことを言ってもしょうがないんですけど…。そして、12時23分にはねられてしまった。話してから、たった十数分後なんです。

 2時くらいに警察から「奥さんと娘さんが事故に遭いました」って電話がありました。頭が真っ白になって「無事ですか!? けがしてるんですか!?」って聞いても教えてくれなくて「とにかく急いで病院に向かってください」と。

 電車の中で携帯のニュースを見てしまったんです。「30代女性、3歳くらいの女児が心肺停止」という文字を見た瞬間から記憶は飛んでいます。体の震えが止まらなくて立っていられなくなった。夢なんだと信じようとしていたことだけ覚えてて。でも、LINEの履歴を見たら真菜に「真菜、莉子、無事でいてくれ」って送ってるんです。

 病院に着いたら僕の両親が泣き崩れていて。お医者さんには「即死でした」と言われました。何ひとつ悪いことをしていない2人がどうしてこんなことにならなければいけないのか、こんな不条理なことがあっていいわけがないって、悲しみと悔しさでわけがわからなくなりました。

 真菜の体は引き裂かれてしまっていました。交通事故って人の体をこんなにしてしまうものなんだって…。僕は莉子の顔を見てあげることができなかったんです。遺体修復には3日間かかると言われて、こんなに冷たいタイル張りの部屋で離ればなれにするなんてかわいそうだと、すごく苦しい決断でしたけど、僕は(修復せず)3人で過ごすことを選びました。

 莉子は「3人で手をつなご」ってよく言ってたから、夜には2人の手を握りました。「ごめんなさい。お父さんは守れなかった。でも出会えてよかったよ、ありがとう、ありがとう」としか伝えられなかった。

 想像できないじゃないですか…。数日前に家で笑い合っていた妻と娘の棺(ひつぎ)があるんです。灰になって戻ってきたら、莉子の骨つぼはこんなに小さかった…。すいません、感情的になってしまいました。今はもうこんなに泣くことはなくなっていたけど、思い出すとどうしても…。

 一目ぼれでした。もう6年前です。僕の母は沖縄出身で、祖父の二十三回忌に親族全員が沖縄に集まった時、父が冗談で地元のいとこに「女の子を紹介してあげてよ」って言ったら、真に受けたいとこが真菜を紹介してくれたんです。美しくて、寡黙で、愛にあふれた人でした。

 でも告白したら2回フラれました。2013年11月4日、ディズニーランドに行って、閉園後に3度目のお願いをしました。そしたら「いいよ。だって、今日は『いいよの日』だよ。覚えやすいね」って笑ってくれた。

 結婚後、なんで2回断ったの?って聞いたら「家族のいる沖縄を離れる想像ができなかったの」って。彼女はお姉さんを病気で亡くしてて、家族を誰より大切に思っていました。でも、沖縄を出て僕と結婚してくれた。事故当時は自分を責め続けました。僕が連れて来ていなければ、って。

 16年の1月に莉子が生まれて。真菜は出産の時、一言も「痛い」とか言わないんですよ。立ち会った僕が生まれたばかりの莉子を胸に抱くと、疲れ切っていたはずの真菜が一言だけ「かわいい」って言ったんです。あの時、僕は2人を守ろう、2人を誰よりも幸せにしようと誓ったんです。

 莉子は夜泣きがすごくて、ほとんど眠れないのに真菜は育児日記を毎日付けて、弱音を一言も言わなかった。「この人はなんてすごい人なんだろう」と彼女を尊敬していたんです。

 後悔していないことがひとつだけあります。結婚してから「愛してる」と伝えなかった日は一日もなかったこと。莉子が生まれてから「大好きだよ」と言ってハグしなかった日は一日もなかったこと。愛を伝えておいてよかった、という思いだけあるんです。

死と向き合ってこれから 事故に遭うまで、交通事故は自分とは関係のないテレビの向こう側の出来事だと思っていました。でも、本当は一日に交通事故で平均8人の方が亡くなっている。8人の方が亡くなったことを家族が周囲の人が悲しんでいる。取材を受けるのも、当たり前の日常を失う悲惨さを知ってほしいからです。

 今、当事者になって自分ができることは人の命を無駄にしないようにすることだけです。きれいごとって言われるかもしれないですけど、僕が2人の遺体を見た時のような思いを誰にもしてほしくないんです。あおり運転も、ながら運転も、適性のない中での強行運転も、1件でもなくしていかないとと思っています。

 今回の加害者について、憎悪の感情を抱かないようにしていますけど、正当に処罰されるべきという感情は当然あります。人の心はコントロールできないので「反省してほしい」とも思わないですけど、少なくとも2人の死と向き合ってほしい。退院する時に帽子をかぶってサングラスをして顔を隠す様子や、今までの言葉からは向き合っているとは思えない。

 相手を車でひき殺してやりたい、なんて思いません。ただ、法治国家である以上は法で裁かれるべきで、厳罰において責任は取るべきだと思います。これだけの事件で軽い罪で終わってしまったら社会に必ず悪影響を与える。おかしい前例をつくるわけにはいきません。夫として、父として闘うと覚悟を決めました。憎しみではなく、処罰を求める感情として。

 今はただ、死んだ時、夫として父として「お父さんは誰かの命を救ったんだよ」と胸を張って2人に会えるようにしたい。僕に残された最後のプライドです。(談)

 ◆元院長から夏頃手紙届くも返送

 2人の命を奪う事故を起こした飯塚元院長から松永さんには夏頃に手紙が届いたものの、当時は運転時の過失を認めていなかったため、松永さんは謝罪とは受け止められず返送した。その後、飯塚元院長からの接触はないという。

 飯塚元院長は5月に入院先の病院から帽子、マスク、サングラス、両手のつえ姿で退院。6月に実況見分で事故現場を訪れた。10月にはテレビ局の取材に「おわびの気持ちをずっと持ち続けていることをお伝えいただきたいと思います」「安全な車を開発するようにメーカーの方に心がけていただき、高齢者が安心して運転できるような外出できるような世の中になってほしいと願っています」などと語った。

 警視庁は事故から半年以上が経過した11月12日、自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)容疑で書類送検し、起訴を求める「厳重処分」の意見も付けられた。

 ◆高齢ドライバーの技能検査義務化へ

 池袋事故などが契機となり、警察庁は違反歴のある高齢者を対象にした「運転技能検査」の受検を免許更新時に義務付ける方針を固めている。衝突被害軽減ブレーキなどを備える安全運転サポート車(サポカー)の限定免許も新たに導入予定で、来年の通常国会で道交法改正案を提出する。

 75歳以上の免許保有者は2023年に約720万人に達し、75歳以上の加害者による死亡事故は18年で460件と前年比42件増となっている。

 一方、75歳以上の免許返納者は昨年、29万2089人で過去最多を更新(警察庁調べ)。池袋事故直後の5月、都内では月間5759人と統計開始以降最多となった(警視庁調べ)。

 ◆東池袋暴走死傷事故 2019年4月19日午後0時25分頃、東京都豊島区東池袋4丁目の都道を運転していた旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(当時87)が運転する乗用車が時速約100キロで暴走。自転車で横断歩道を渡っていた主婦・松永真菜さんと長女の莉子さんをはねて死亡させ、通行人ら9人に重軽傷を負わせた。重大事故にもかかわらず加害者が逮捕されなかったため(11月に書類送検)、世論には「上級国民に対する警察の忖度では?」といった声が相次いだ。

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