【令和元年 回顧】外交評論家・武藤正敏氏が断言、文政権が続く限り日韓関係最悪続く

スポーツ報知
2019年の日韓関係

 2019年、日韓関係はかつてないレベルに悪化した。レーダー照射問題、元徴用工問題、日本による「ホワイト国」除外、韓国によるGSOMIAの破棄通告―。20年は関係改善を期待したいが、元駐韓特命全権大使で外交評論家の武藤正敏氏(71)は「文大統領が政権を維持している限り、日韓関係は良くならない」と断言する。24日、安倍晋三首相(65)と文在寅大統領(66)は1年3か月ぶりの日韓首脳会談に臨む。歩み寄りへの糸口はあるのか―。(構成=北野 新太)

 今までも日韓関係が悪化した局面はいくらでもありました。教科書問題、慰安婦問題などで韓国の国民感情が反日に大きく傾いたことはたくさんありますけど、本当の意味で対立局面に入ったかと言われれば、落としどころはあった。しかし、今年は落としどころのないところまで達してしまったような気がします。

 安倍首相と文大統領の両政府の関係は過去最悪でした。日本人の韓国を見る目も最悪だったかもしれない。ところが、韓国人の日本を見る目は全然違うと思います。一般市民レベルで言えば日本を嫌ってはいない。彼らの少なくとも7割は歴史絡みで政治などを見ていません。ただ、親日感情を表し難い世情にはなっています。韓国内のユニクロに洋服を買いに来る人はほとんどいないと聞きますけど、ネット上では売れているそうです。日本への旅行でも、団体のツアーは募集も宣伝もしにくいから減っているけど、多くの個人旅行者がひっそりと訪れている。

 日本文化にしても、学生街ではカレーライスもラーメンも人気だし、東野圭吾も村上春樹も読んでいる。韓国人は日本文化を自分たちの文化だと思っているんです。

 にもかかわらず、なぜ政治上の日韓関係は最悪だったのか。残念ながら前提として「文大統領だから」としか言いようがありません。正直、文大統領が政権を維持している限り、日韓関係は良くならないと思う。まだ任期は2年半残っていますし、国内経済がさらに悪化して文大統領の支持層も「もう耐えられない」という動きにならないと難しい。

 ただ、案外しぶとい政権でもある。学生運動出身者で人事を固めているから「チェックアンドバランス」機能がゼロなんです。チョ国(チョ・グク)前法相のスキャンダルも、日本なら任命責任を問われるところですけど、うやむやにした。消すのがうまい。朴槿恵(パク・クネ)前大統領のようにお嬢さん的ではないですね。

 批判すれば私も批判されるので嫌なのですが、真実なのだから仕方がない。喜んで悪口を言っているわけではありません。

 私が駐韓特命全権大使だった2012年、彼と会ったことがあります。日韓関係についての話をニコリともせず聞いていた。質問もせず「北朝鮮との関係をどう考えているのか」とだけ。大使と両国間の議論もできないのはどうかと思い、良い印象は受けませんでした。

 今年は様々な問題がありましたが、最大のトピックはGSOMIAをめぐる韓国の迷走でしょう。破棄を通告しながら、結局は破棄回避に。これは、米国に強引に破棄撤回を要求され、従わざるを得なかっただけ。内心は「どんな仕返ししてやろうか」とでも思っているでしょう。

 1月に元徴用工問題で文大統領は「日本には謙虚さが必要」と言いました。あの発想に彼の内なる態度が現れているんです。正義は我々にあり、日本は蛮族であると。だから過去の記憶を恨めしく思う。念頭には常に「仕返し」がある。

 24日に日韓首脳会談が行われますが、日本側が譲歩する局面ではなく、韓国側が下りてこないと話がまとまることはないと思います。ただ、一度会うという先例を作れたことは、今後に向けた成果ではあると思います。(談)

 ◆GSOMIA(ジーソミア=軍事情報包括保護協定) 国家間で秘密軍事情報を提供し合う際に第3国への漏洩(えい)を防ぐために結ぶ。日韓間では2016年に締結されたが、今年8月22日、韓国は日本がホワイト国(輸出優遇国)から自国を除外したことを理由に協定破棄を表明。その後、米国が破棄撤回を要求したこともあり、効力を失う前日の11月22日に韓国は破棄撤回を表明。

 ◆文 在寅(ムン・ジェイン)1953年1月24日、韓国・慶尚南道巨済市生まれ。66歳。慶熈大時代の72年、当時の朴正熈政権に反対する学生運動で逮捕。後に軍特殊部隊員に。除隊後、弁護士を経て88年の大統領選で盧武鉉氏の当選に尽力。その後、秘書官を務める。盧氏の自殺を機に12年に政界入り。同年の大統領選では朴槿恵氏に敗れたが、17年に朴氏の弾劾・罷免によって行われた大統領選で勝利。親北朝鮮、反日政策を推進する。

 ◆武藤 正敏(むとう・まさとし)1948年12月18日、東京都生まれ。71歳。72年、横浜国大卒業後に外務省入省。75年から在韓日本大使館勤務。88年のソウル五輪では日本選手団をサポートするアタッシェに。駐英国公使、駐オーストラリア公使などを経て2010年、駐韓特命全権大使就任。12年、退官。著書に「日韓対立の真相」「韓国の大誤算」「韓国人に生まれなくてよかった」「文在寅という災厄」。

社会